好きを仕事につなげたひと

楽しんだもの勝ち!“好き”が紡ぐスタイリスト・スド=キョ=コさんの仕事遍歴

SPECIAL 2018.10.24

人気アーティストのスタイリングをはじめ、テレビ、雑誌、広告などさまざまな媒体で活躍するスタイリストのスド=キョ=コさん。そのマルチな活動は、ファッションだけにとどまらず、インテリアスタイリストとして空間をディレクションしたり、ディレクター&デザイナーとしてランジェリーブランドを立ち上げたり......。あらゆる分野で才能を発揮するスド=キョ=コさんの、多彩すぎるお仕事ヒストリーとは?

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妥協だけはしたくない。いつも150%の力で突っ走ると、壁をひとつ、またひとつと乗り越えることができるんです

歌手、インテリアスタイリスト、グラフィックデザイナー、インポートブランドのスーパーバイザーと、多岐に渡るスド=キョ=コさんのお仕事遍歴。現在はスタイリストとして、ファッション、インテリア問わず幅広いシーンで活躍する中、最近では「可愛いものがなかったから」と、サニタリー用のランジェリーブランド「K+1%(ケープラスワンパーセント)」を立ち上げた。

いわゆる“スタイリスト”の枠を飛び越え、あらゆるシーンで活躍するそのマルチな才能は、1つの仕事にこだわらず、“やりたい”という思いのままに選び、挑戦してきた賜物。

「きっと正直すぎるんです。“やりたい”という気持ちを抑えることができないし、突っ走ってしまうタイプなので失敗も多い。でも、150%の力で突っ走ると、壁をひとつ、またひとつと乗り越えることができるんです」

そう語るスド=キョ=コさんが、“好き”を仕事につなげた理由に迫ります。

歌手、インテリアコーディネーター、インポートブランドのスーパーバイザーなど、いろんなジャンルの仕事に携わってきました

ーー人気タレントやアーティストから、空間・インテリアのスタイリング、さらにはこの秋、サニタリーショーツのブランド「K+1%(ケープラスワンパーセント)」を立ち上げるなど、目まぐるしい活躍ぶりですね。

ありがとうございます。

ーースタイリストを志したのはいつの頃?

実はスタイリストとして仕事を始めたのは30歳のときなんです。アシスタントを経験していないので、スタイリストになるためにいろいろと動き出したのもそれくらい。

ーーそれまではどんなお仕事を?

歌手、インテリアコーディネーター、グラフィックデザイナー、インポートブランドのスーパーバイザーなど、いろんなジャンルの仕事に携わってきました。

ーーさまざまな経験をなさったんですね。では、現在に至るまでのお話を伺えたらと......歌手になったのは、なぜ?

高校生の頃にみんなでカラオケに行ったとき、そこにいた音楽活動をしている同級生の男の子に「ぜひボーカルとして歌って欲しい」と言われたのがきっかけ。その後、大学へ進学しても音楽活動を続けていたら、あれよあれよと話が進み、19歳のときにデビューしたんです。

ーーすごい。そんなトントン拍子でデビューなんて、普通できませんよね。

でも、正直売れてなかったのでアルバイトもしていましたよ。大学卒業後は、就職活動するわけでもなく細々と音楽活動は続けていましたね。とはいえ、それだけで生活していくのは大変だったので、リフォーム会社に入社しました。

ーーなぜリフォーム会社へ?

大学時代、美術系の学科を専攻し建築デザインを学んでいたので、もともと興味があったんです。私が入ったその会社はマンションの内装を手がけていて、図面を引いたり、現場監督のような仕事もやらせてもらえたりと、とても恵まれた環境でした。

それから1年くらい経った頃、音楽活動に集中するために退職したんです。確か23歳くらいの頃だったかな。

「もう何十冊と使ったか分からないほど愛用している『マルマン』のスケッチブック。仕事のメモやアイデアを書き留めているのですが、このノート以外は考えられません!」

「物持ちはすごくいい方。左の香水は学生時代から愛用している『TOCCA』。『リンダファロー』のサングラスは7年前くらいに買ったもの。今でも大切に使っています」

ーーその後は、歌手一本で勝負されたんですね。

はい。大御所アーティストの方々のトリビュートアルバムの中にある新人枠に入れてもらえたり、映画の挿入歌を歌わせてもらえたり......環境に恵まれ、とにかく目の前のことをこなすのに夢中でした。

しばらく慌ただしい毎日を送っていたのですが、今度は、だんだんと歌手としての活動が苦しくなってきたんです。歌うことは好きだし楽しいのに。きっと、「このライブに出なさい」「この曲を歌いなさい」など、自分が主体となって動けなかったからでしょうね。なんだか窮屈になってしまったんです。

それで思い切って所属していた事務所を辞めて無職に!

ーー潔い決断でしたね。

無職になる不安より、苦しい環境にい続ける方が辛かったんですよね。その頃、周りにスタイリストのアシスタントをしている友人がいたんですが、ある日、ファッションショーで、モデルの着替えを手伝う“フィッター”のバイトをしないかって誘われたんです。時間もたっぷりあったのでやってみたら、それがすごく面白くて! 衣装にアイロンをあてたり、モデルに服を着せたりするだけの仕事なんですが、その場にいるスタッフみんなで1つのショーを創り上げていく一体感がすごく楽しかった。

ーーそれがきっかけでスタイリストを目指すように?

そうなんです。当時はまだ25歳。そこからが長かったんですよ(笑)。

まず、スタイリングが素敵だなと思う超大御所スタイリストのアシスタントにつきたいと思って、彼が所属している事務所に電話をかけたんです。そしたら、すぐに面接していただけることに。しかも、3人いるアシスタントのうち1人が近々卒業するからと、その場で採用していただいて......!

でも、待てど暮らせど卒業するといっていたアシスタントが抜けなくて、結局1年半くらいで仕事をもらえたのはたったの2回だけ。

その間、フィッターのバイトや、学生時代に勉強していたこともあり、フリーでグラフィックデザインの仕事し、生活していました。

ーー厳しい世界ですね。アシスタントに就くとなると年齢的なことも気になってきますし。

そう、26歳になっていましたし、いったんスタイリストへの道は諦めて、アパレル会社へ就職し、セレクショショップの販売員として働くことにしたんです。

「あのときあの仕事をやっててよかった!」そう思える機会がたくさんありました

ーー販売員とは、また新しい世界ですね。販売の仕事はどうでした?

その会社は外資系ブランドを多く扱う大手セレクトショップだったんですが、中でも特に個性的なブランドを扱う店舗に配属されました。始めのうちは全く売れなくて......。周りの先輩に聞いてまわったんです。「どうしたら売れますか?」って。そしたら、ある先輩に「あなたがその商品を好きだと思わなければ、売れなくて当然だよね。もちろん好みもあるから、せめて好きなところを最低10個見つけなさい」って言われて。そうすると、お客さまが1つ目に手に取ったもの、そして2つ目に手に取ったものの共通点をすぐに見つけることができる=お客さまの好みを理解しやすくなると。

実際にそれをやってみたら、たった数ヶ月でポンポン売れるようになってきたんです。気づけば、売り上げ向上のために他店舗に派遣されるように。それから、徐々にお客さまの視覚にアピールして商品をディスプレイするVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)の仕事をしたり、社内で取り扱っているインポートのランジェリーブランドへ異動し企画やディスプレイ、売り上げからブランド戦略などを任されるスーパーバイザーとして、あらゆる仕事を経験させていただきました。

ーーどの分野でも才能を発揮するスド=さんに脱帽です。次の転機が訪れたのは?

仕事は楽しいし順調。だけど、ひと通りの業務に就き、ブランドの売り上げも伸ばし、1つのブランドをみんなで創り上げていく過程を経験したら、どこかやりきった感が出てきたんです。そして、「もしスタイリストアシスタントの道を諦めていなかったら、今ごろ私は......?」なんてことをぼんやり考えるようになってきて。29歳の頃だったかな、再びスタイリストを目指すために会社を退職。と同時に、勝手にスタイリストとしての名刺を作ってみんなに配りまくっていたんです(笑)。

そしたら、ある時、知り合いに「Eコマースの撮影があるんだけど、簡単な仕事だし僕の代わりに行ってくれない?」と言われて。それから直接声をかけてもらえるようになり、少しずつ仕事が増えていった感じです。

ーーアシスタント経験なしでスタイリストになれるんですね。

なれますよ。それまでアシスタントとして単発で2回、現場見学としてで1回撮影に行きましたが、そこでだいたいのことは覚えました。衣装にアイロンをかける、モデルに着せたらきれいに整えてブランドへ返す、靴の底が傷つかないようにテープを貼る。基本のことを学ぶには十分。それよりも、衣装をブランドから借りる=リースが大変でしたね。

ブランドのプレスルームに電話をしても、「どなたのアシスタントについていましたか?」と必ず聞かれるんですよね。信用問題とは分かってはいるけど、誰についていたかなんてひとつも重要じゃない。できるかどうかの方がよっぽど大切だと思うけれど、どのブランドも貸してくれないのが現実。あらゆるブランドに片っ端から電話をかけて、貸してくれるところを少しずつ広げていった感じです。

ーー仕事の幅はどのようにして広げていかれたのでしょう?

私自身アーティストだった経験から、人前に出る気持ちが分かるので、ミュージシャンのスタイリングがしたいなと思っていたんです。それを周りに言っていたら、たまたま知り合った某レコード会社の方から、「歌って踊る9人のグループがいるんだけどやらない?」と声をかけていただいたことも。それから年間でそのグループを担当することになり、気づけば東京ドームや紅白歌合戦に出場するまでの人気に。スタイリストを始めてて5年くらい経った頃でした。

あと、以前リフォーム会社で内装、店舗ディスプレイやVMDの仕事をしていた経験をかっていただいて、人物だけじゃなくインテリアコーディネーターやプロップスタイリストとしての仕事をさせていただいたりも。「あのときあの仕事をやっててよかった!」そう思える機会がたくさんありました。

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HOLICS編集部

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