写真家・花盛友里が会ってみた。

若き家具職人・武内舞子さんが男顔負けの根性で突き進む“職人道”

SPECIAL 2018.8.16

今、20代の女の子が面白いーー。固定観念にとらわれることなく、とても柔軟に「好き」を仕事にする彼女たちの素顔に迫る新連載。撮影兼インタビュアーを務めるのは、人気写真家・花盛友里さん。第三回目となる今回ご登場いただくのは、25歳の家具職人武内舞子さん。男性が圧倒的に多い厳しい家具職人の世界で、紅一点で働く彼女の家具に対するひたむきな想いとは? 18歳で職人として生きて行くと決めた、武内さんの生き方に迫ります。

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「弱音は吐かないと決めています。人に悩んでいるところを見せたくないんです」

小柄な体からは想像できないほどのたくましいパワーを秘めた職人気質の武内舞子(たけうち・まいこ)さんは、「KOMA」という無垢家具の職人が集まる工房で働く25歳。祖父・父ともに大工だという家系で育ち、幼少期からものづくりの環境が身近にあった武内さんは、幼い頃から自分も職人として生きていくのだと心に決めていたと言います。

「とにかく木を削りたい」という一心で家具職人を目指し、自分がやりたいことをやるという強い信念のもと、「KOMA」に入社。最初は社長兼親方の松岡茂樹さんに口もきいてもらえず、目も合わせてもらえなかった状況から、5年かけて「『KOMA』を作る原動力のひとつ」と言われるまでに成長。

以前テレビで取材される武内さんを見て以来、「気になって仕方がなかった!」という花盛さん。笑顔は絶やさないけど、職人気質であまり多くを語らない武内さんから、仕事に対する想いを少しずつ引き出してくれました。

花盛 何歳のときにこの世界に入ったの? そして、それまでに家具の学校には行っていたの?

武内 高校を出てから少しだけ八王子市にある家具作りの学校に行きました。専門学校というわけでもないので、生徒は定年退職したおじいちゃんばっかりで(笑)。先生にも「ちゃんとした学校に行ったほうがいいんじゃないか?」って言われながらも通っていましたね。

花盛 なぜその学校を選んだの? 先生の言うように、専門学校や大学に行って同じ世代の子たちと学ぼうとは思わなかった?

武内 専門学校や大学に行くと、自分がやりたいと思っていることじゃないこともやらないといけない。そっちの時間のほうが多いというイメージがありました。私はやりたいことだけに集中したかったので、あえてその学校を選んだんですけど、先生とよくケンカになってしまって(笑)。家具職人といってもいろいろなジャンルがあり、先生は曲木(まげぎ)と言って、木材を蒸したり煮沸したりして、金型にはめて人工的に曲線を作る技巧をメインでやる方だったのですが、私はどうしても無垢の木を削りたかったんです。なので、結局1年で辞めて、今いる「KOMA」に来ました。

花盛 なぜ木を削りたかったんだろう?

武内 学校に行く前から、なぜか木を削りたいってずっと思っていたんです。うちは祖父も父も、そして今では兄も大工で、小さな頃から近所にあった工場に入り浸って遊んでいたんです。機械がたくさんあるし、危ないから入っちゃダメと言われていたんですが、その空間で遊ぶのがすごく楽しくて。あとは絵を描いたり、工作も好きだったので、ものを作る仕事に就くということだけは、小さな頃からずっと決めていました。

花盛 「家」を作る職人さんの姿を間近で見ていた影響も大きいのかもしれないね。職人さんの中でも、「家具職人」になろうと思ったのはなぜ?

武内 私が作りたいものはなんだろうと考えたときに、家はちょっと大きすぎる。もっと普段使っているような身近なものがいいなって。それが家具だったんです。「KOMA」のことは以前から知っていて、たまたま知人が展示会に連れて行ってくれたときに社長の松岡さんと出会いました。展示されている家具のすべてがかっこよくて、「『KOMA』に入りたい!」と思ったのですが、そのときはとても言えるような空気ではなくて(笑)。のちに社長から「『KOMA』に呼んでいただいたときは、「やったー!!」と思って、本当に嬉しかったです。

花盛 すごい!  社長直々に呼ばれたんだ!?

武内 呼ばれたと言っても“雑用係”としてなんですけどね(笑)。ちょうどその頃、「KOMA」が猫の手も借りたいくらいに忙しくて、とにかく誰でもいいから雑用をやってくれる人が欲しいときだったんです。入社してからは、アルバイトとして、ひたすら雑用や単純作業を繰り返す毎日でした。でも、椅子の座面を仕上げる最後の塗装はやらせてくれたりと、木に触れる機会があったので、飽きることはなかったですね。ただ、社長とは、作業中に話すことはおろか、目さえも合うことはなかったです。

花盛 き、厳しい!  職人の世界だね。今も紅一点で働いているみたいだけど、大変なことも多いんじゃない?

武内 紅一点でツライとかは、まったくないです。そもそも女性だからできないというのも嫌で。ただ、やはり男性のほうが多い会社であることは事実なので、重いものを持てないことで悔しい思いをしたことはあります。「製材しておいて」と言われて、木を持とうとしたらすごく重くて。それを見た男性の先輩に「こんなものも持てなかったら、使い物にならねえよ!」って言われて腹が立ち、「じゃあ持ってみてくださいよ!」って言ったら、先輩も持てなかったこともありますが(笑)。その頃はその先輩に何か言われないようにしようって、先回りしてなんでもすぐに終わらせるようにしていましたね。

花盛 でも早く同じ土俵に立ちたいじゃない。雑用をひたすらしているときに、練習する時間はあったの?

武内 作業時間中はまったくできなかったです。それなので、毎日作業が終わって家に着いたら、家の工場に直行して夜中まで練習していました。

花盛 その“夜練”で成長した手応えは感じた?

武内 そうですね。作業のスピードはアップしたと思います。椅子の座面を彫るといっても、最初はどうやってやるのかまったくわからなくて、先輩が社長に教えてもらうタイミングがあったので、ひたすらそれを見て覚えました。そのあと家に帰ってからやってみると、なんとかできることはできるんですけど、2時間くらいかかってしまって。みんなはすごく早くて、一瞬でできるんですよ。なんでこんなに早くできるんだろうって、悔しいから何度も何度も練習して、今では10分かからないくらいでできるようになりました。

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