好きを仕事につなげたひと

ショコラコーディネーター、市川歩美さんの「ショコラ♡生活」

SPECIAL HOLICS編集部 2017.9.18

ボンボンショコラにかぎらず、板チョコレートなども含めて、年2000種類くらい食べているという市川歩美さん。取材当日も「すでに7種類のチョコレートを食べています(笑)」。今、日本でただ一人の“ショコラコーディネーター”として活躍中の市川さんに、大好きなチョコレートが仕事へとつながったきっかけや想いについてお話をうかがいました。

“好き”や“楽しい”気持ちが行動の大きなエネルギーに!

――ショコラコーディネーターとはどんなお仕事でしょうか?

チョコレートジャーナリストとして、最新のチョコレート情報や、おすすめのチョコレートをメディアで情報発信しています。チョコレートの輸入販売やショップ運営などをビジネスにしていないので、ニュートラルな立場で、フェアに紹介ができます。同時に、チョコレートブランド・消費者・メディアなど、チョコレート、カカオに関わるすべての人をつなぐのがショコラコーディネーターの仕事。トークショーやメディアに出演したりもします。

――現在の職業を始められる前は、どのようなお仕事をしていたのでしょうか?

大学を卒業した後、最初は名古屋の民間放送局に入社したんですね。その後NHKへ。もともと私は忌野清志郎さんがとても好きで、清志郎さんがラジオの生放送に出演していたのを聴いて「そっか、ラジオの放送局に行けば、清志郎さんがいるのか」と思って、ラジオのディレクターになりたかったんです。入社した当初は営業のアシスタントだったんですけど、清志郎さんに会いたいがために、いろいろとトライして、念願の制作部署に入ることができて。そこからは、長年ラジオ番組のディレクターをしていました。

――そんな市川さんがチョコレート愛好家を自認するようになったきっかけは?

1990年代に、フランスに行った知人のお土産で、ミッシェル・ショーダンのチョコレートをいただいたんです。“オキュマール”というコニャック味のトリュフだったんですけど、食べてみたら、あまりの美味しさに「えっ、何これ!?」って、驚いてしまって。休暇のときに早速パリに遊びに行き、ミッシェル・ショーダンはもちろん、その他のチョコレート屋さんもぜんぶまわって、チョコレートをいっぱい買ってきました。どれもすごく美味しかったですね。それ以来、気に入ったチョコレートは誰かがフランスに行くときに頼んで買ってきてもらうようになって。いろいろな高級チョコレートを食べているうちに、いつのまにかすごく詳しくなってしまった、という感じです。

――チョコレート専門のブログを書き始めたのはいつ頃ですか?

2003年10月です。1990年代から趣味でサイトを作っていて、チョコをメインにスイーツや、美味しいレストランなどについて書いていたんですよ。パソコンが好きで、早い段階から持っていたので。でも当時はネットをやっている人自体がそんなにいなかったんです。そうしたら、2003年くらいにブログサービスというものが世の中に出始めてきて。全盛期だったライブドアに登録し、「何書こうかなぁ」と考えていたときに、仕事関係の友達が「チョコのことを書けばいいんじゃない?」って言ってくれたのが大きかったですね。

チョコレートの趣味ブログが人生を大きく変えることに

――忙しいお仕事をしていた中でも、ブログを続けられた原動力とは?

確かに放送局の仕事は多忙で、通常の番組と同時に特番とかを抱えると、睡眠時間もほとんど取れないほどでしたね。でも、サイトは消さない限り残っているものなので、すごく忙しい時期は無理して更新しませんでした。無理しないという、そのスタンスも結果的によかったのかもしれません。それに読者の方がみなさん素敵で、知り合いができて情報交換できたり、意外にもプロの方からメッセージが届いたり……そんな人とのつながりが続けさせてくれたんだと思います。

――放送局を退社されたのは、本格的にショコラコーディネーターとして独立するためですか?

いえ、実は放送局を辞めた理由は他にあって、1度リセットしたかったんです。放送局にずっといると、毎日毎日が締め切りみたいな感じで、何かを丁寧に突き詰めて学ぶような時間や労力がなかったんですね。それで、一回落ち着いて勉強したいなという想いがだんだん強くなってきて。心理学と“マナーとプロトコール(国際儀礼)”の2つを勉強したのですが、これを選んだのは、この2つを勉強すれば、今後どんな仕事をしたとしても、共通して役に立つと思ったから。だって、仕事をすれば、必ず人間と関わるでしょう?

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