好きを仕事につなげたひと

元アナウンサー前田有紀さんが単身渡英→フローリストになるまで

SPECIAL 2018.2.22

「“好き”を仕事にしたら、今よりもっと人生が輝くのかな?」そんな思いから、アナウンサーとして10年間勤めた会社を辞め、フローリストに転身した前田有紀さん。「受け身だった」アナウンサー時代の自分、フローリスト修行のための単身渡英、花屋での下積み経験......“好き”を貫いたその先にあるものとは? 「アナウンサーだったことはすっかり忘れて生きてます」と笑いながら、記憶を丁寧に辿るように、ゆっくりと言葉を選び語ってくれました。

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「“好き”を仕事にしたら、今よりもっと人生が輝くのかな?」

テレビ朝日に入社と同時にサッカー情報番組「やべっちFC」のアシスタントMCを担当することになった前田有紀さん。当然、アナウンス技術もないどころか、社会経験もゼロ。右も左も分からないまま、スタートしたアナウンサー人生。

「とにかく周りについていくのに必死だった」。そんな一心不乱に駆け抜ける毎日に変化が訪れたのは、入社5年目の頃。第一線で活躍するアスリートたちを取材するなか、ふと心に芽生えた「彼らのように“好き”を仕事にしたら、今よりもっと人生が輝くのかな?」という思い。そこから前田さんの、“好き”を探す旅が始まりました。

その後、数年がかりで“好き”を見つけた前田さんが、人気アナウンサーという立場を手離し、テレビから姿を消して早5年。今やフローリストとして活躍する彼女に、“好き”を貫いたその先にあるものを伺いました。

誰かのためではなく、自分のために働くってどんな感じなんだろう?

ーーアナウンサーからフローリストに転身されて、もう5年くらい経ったのでしょうか。

そうですね。こうしてインタビューを受けると思い出すのですが、普段は自分がアナウンサーだったことは、もう忘れて過ごしています。

ーーフローリストとしてのキャリアも長くなってきましたね。現在は、主にどのようなお仕事を?

イベントやウエディングパーティーなどの会場の装飾や、知人を中心に花束を作ってお届けしたり、いろんなお仕事をやらせていただいています。

ーーアナウンサーからフローリストへの転身を考えたきっかけは?

これといったきっかけがあったわけではないのですが、アナウンサー時代、サッカー情報番組「やべっちFC」のアシスタントMCを約10年間やらせていただいていて。

そんななか、何人ものサッカー選手の方々に会い、インタビューをしてきたのですが、ある日気づいたことがあったんです。

「あぁ、この方達はみんな幼い頃からなりたかった職業に就き、夢を叶え、“好きを仕事にした”スペシャリストだ」と。お話を伺っていると、みなさん目がキラキラと輝いていて。そして、ふと「私も自分の好きなことを仕事にしたら、この方達のようにキラキラと目が、人生が輝くのかな?」と、思ったんです。

「ありそうでなかなか見つからなかった、壁にかけるタイプのカゴ。仕事に使ったドライフラワーを入れて保管するのに使っています」

ーーアナウンサーの仕事よりも、もっと“好き”があるんじゃないかと?

はい。アナウンサーの仕事ももちろん好きでした。学生時代にずっとラクロスをやっていたので、いつかスポーツに関わる仕事がしたいと思っていましたし。

私の場合、ラッキーなことに入社する前に「やべっちFC」へのレギュラー出演が決まり、なんと入社6日目に初収録だったんですね。それからの数年間はというと、スタッフの皆さんに迷惑をかけてはいけない、喜んでもらうにはどうすればいいのか......など、とにかく先輩方についていくのに必死で。無我夢中で走り続けてきたので、「もしかすると、もっと“好き”があるんじゃないか?」そう立ち止まる余裕が生まれたのが、入社して5年経った頃でした。

ーーそこではじめて自分のアナウンサーとしての在り方について、考える余裕ができたんですね。

そうですね。それまではスタッフをはじめ視聴者のみなさんに喜んでもらいたい一心で仕事をしてきたのですが、「誰かのためではなく、自分のために働くってどんな感じなんだろう?」と考えたんです。

そしたら、どんどん想像がふくらんでしまって、ワクワクが止まらなくなって......そこから“自分が本当に好きなもの”探しが始まりました。

「私の“好き”って何だろう?」自問する日々が続きました

ーーフローリストへの道を志した理由は?

“好きなもの”探しをしていると、ある日、混雑した通勤電車の中で、子どもの頃に大好きだった自然が恋しくなってきたんです。

幼い頃、鳥取にある祖母の家がとても好きだったんですね。自然がいっぱいで、虫や動物、植物も含めいろんな生き物が息づいている小さな村で......でも、私はというと、横浜で生まれ育ち、小学生の頃から都内の学校へ電車通学。いつも通学中は、混雑した車内で、祖母が住む田舎の風景に思いを馳せ、憧れていたんです。

ーーふと浮かんだのが、“自然への憧れ”だったんですね。

はい。とはいえ、その頃から部屋に花を飾ったり、フラワーアレンジメントを習ったり......都会の生活とは違う時間軸で息をする草花から、いつもゆとりや元気をもらっていたんです。でも、改めて“自然を求める自分”に気づいてからは、それまで以上にハーブや観葉植物を育てはじめました。

飾る花の種類も頻度も増えてきた頃、草花を眺めながら「すごく好きだなぁ。この“好き”を仕事にしてみたい!」と、心から強く思ったんです。

ーー思っていたよりも“好き”を見つけるのは簡単なことでしたか?

いいえ、言葉にすると簡単なように聞こえますが、入社5年目くらいから“好き”を探しはじめ、退社したのは10年たった頃でしたから。「私の“好き”って何?」と常に自問し、探りながら少しずつワクワクを膨らませていった感じです。

ーー夢に向かって、まず何から始めたのでしょう?

花に関わる仕事をネットで情報収集しているうちに、花だけじゃなく庭師の勉強もしたくなり、それを日本で仕事にできたら楽しそうだなと思って。さらに調べていると、イギリスのコッツウォルズというとてもきれいな街を知り、なんだか無性に行ってみたくなったんです。

いちばんやりたかったことは、ガーデナー(庭師)のインターン。ガーデナーの学校に行くことも考えたのですが、実際に働いてみるほうが身につくのも早いと思い、インターンのできるところをネットで探しました。

ーーどのタイミングで退社を?

“好き”を探し始めて2、3年経った頃ですね。留学先も見つけた段階で会社に辞めることを伝えたので、迷いはありませんでした。もともと猛反対していた両親も、私が次のステージに向かって努力している姿を見てきたからか、最後には「頑張ってね」と応援してくれました。

1分くらい話しただけで、「あなたを雇うことに決めた。明日から来てね」って(笑)

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HOLICS編集部

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