ボーダレスな女たち

イビサ島の伝説のDJを映画に。若干33歳の総監督リリー・リナエさん

SPECIAL HOLICS編集部 2019.6.27

「海外」と「お金」をテーマに、海外へ飛び出しチャンスをつかんできた先輩たちに、30代女子を代表して斉藤アリスが質問する連載。第9回目のゲストは、2020年公開予定、音楽の聖地・イビサ島の伝説のDJのドキュメンタリー映画で総監督を務めるLily Rinae(リリー・リナエ)さん。18歳のとき映像制作を始め「この世界に生きる!」と決意したリリーさんに仕事にかける思いとこれからについてお話を伺いました。

「スクリーンの四角い箱の中で、自分の好きなことを思いっきり表現できる。世界って不平等じゃないですか。でも映像の中では自分の好きな世界を作れるのが好きですね」

リリー・リナエさんと斉藤アリス

そう話すのは、音楽の聖地・イビサ島の伝説のDJのドキュメンタリー映画で総監督を務めるLily Rinae(リリー・リナエ)さん。18歳で初めて映像を制作したとき、「この仕事を一生続けていく!」と直感したというリリーさん。新卒でテレビ局へ入社。アナウンサーとして勤務したのち、25歳で広告代理店へ転職。29歳でNYへ渡り、現在はビジュアルアーティストとして活動しています。そんな彼女が満を持して、ドキュメンタリー映画の制作に乗り出したわけとは?

リリー・リナエさんの33年の歩みとは?

29歳、2回目の転職を機にアメリカへ

大学で「映像シナリオ研究会」というサークルに入り、その頃に流行っていたAppleのテレビCMを見よう見まねで初めてミュージックビデオを作りました。それを下北沢の単館映画館で上映したとき「これを人生の仕事にしよう!」とピンッときて、放送局に進むことに決めました。その後、四国放送に入社しました。

アナウンサー時代のリリーさん(当時24歳)

—どうして四国放送だったんですか?

ディレクターとアナウンサーの両方できたんですよ。女子アナとしてニュースを読む以外に、編集と脚本制作のできるディレクターも経験してみたかったので、そのときの私にピッタリだったんです。

—25歳で会社を辞めたのは、何かきっかけがあったんですか?

私はいつも何かを始めるときに、2年後、3年後、5年後にはこうしたいという明確な目標、理想像を決めるようにしているんです。25歳で四国放送のアナウンサーを卒業して、広告代理店のプロデューサーに転職。29歳で広告代理店を退職し、渡米しました。

広告代理店勤務時代のリリーさん(当時27歳)

—アメリカを選んだのはなぜですか?

広告代理店勤務時代は中国や台湾での仕事や作業を多く担当させていただけたので、次は英語圏で仕事したいなと思ったんです。あとは30歳までにフリーランスで自分の力を試したいという思いもありました。

—アメリカに渡航するときはどれくらいお金を貯めたんですか?

留学するつもりだったので、300~350万くらい貯めたかな? 最初の半年はポートランドで英語の勉強をしました。その半年後にNYへ引っ越して、ビジュアルアーティストとして“Oビザ(Oビザは、科学や教育、事業、スポーツの分野における顕著な外国人や芸術<ビジュアル・アーツとパフォーミング・アーツなどを含む>、映画、テレビで優れた才能を持つ人に発行されるビザ)”を取りました。企業に属さなくてもいい、フリーランスビザです。

—ビジュアルアーティストってどんな仕事ですか?

映像ディレクターがメインですけど、それ以外にプロデューサー、ナレーション、企画・構成、プロダクション作業など総体的にいろんな仕事をやりますよって感じです。

フジテレビNY支社での取材の様子(当時31歳)

—アナウンサー、編集、代理店。これまでの仕事が全部役立っていますね! 今メインではどんなお仕事をされているんですか?

NYにあるフジテレビ支社のディレクターをしています。アメリカに住む日本人向けの映像を作っていて、その他、ミュージックビデオや英語教材、短編ドキュメンタリーなどの制作も行っています。

イビサ島での撮影の様子(当時32歳)

31歳、有志の20人と作る映像とは?

—そんな中でどうやってイビサ島と出会ったんですか?

広告代理店時代、夏休みに連休をとってイビサ島へ行ったのが出会いでした。「イビサにすごいDJがいる」と聞き、イビサに行ったんです。

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