好きを仕事につなげたひと

動画クリエイターEna Kakutaさんが今に辿り着くまで

SPECIAL 2018.5.11

紙にスケッチしたイラストが、次の瞬間まるでアニメーションのように動きだすスケッチモーション。今回インタビューしたのは、そのスケッチモーションを作り出すクリエイターとして活躍するEna Kakutaさん。たくさんある”好き”の中から本当の“好き”を仕事にしたEnaさん。自身の赴くままに転身を遂げ、“好き”を見つけた彼女の躍動的な生き方とは?

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“やりたい”を目印に突き進む、自分に正直な生き方とは?

イラストに音や動きを加え、オリジナルの世界観を表現するスケッチモーション。そのクリエイターとして新鋭な感性を魅せるEna Kakutaさんですが、学生時代のダンスサークル、スターバックスのマネージャーにはじまり、フロリダ ウォルト・ディズニーワールドのキャスト、ジュースショップのスタッフなど、さまざまな経験を経て、数年がかりで“好き”を職にすることができたというそのお仕事ストーリーを伺いました。

日本ではまだ珍しいという“スケッチモーションクリエイター”として活躍する彼女に、“好き”が見つかるまでの道のりと、挑戦し続けるパワーの源はどこにあるのか。「私は強運の持ち主でもなんでもない。努力をしないと報われない人間なんですよ」と笑う、その素顔に迫りました。

クリエイターを目指した理由は、アート大好きな家族の影響でした

🎥🌴🇺🇸... My new artwork for L.A. juice vol.2🌈 ・ リニューアルオープンパーティーを記念して 第2弾作品も制作致しました✍🏻🍹🌴 今回は内容もコンセプトも完全に私任せで依頼を頂いたので、 オールプロデュース作品です🎥✨また、なんと 、、、@goodnaturepro さんのプレス機械ともコラボして登場してます🍹 ・ 私の頭の中で練って練って 想いついたL.A.Juice ストーリー📖🌴🌞 是非、お楽しみください😉🌈 ※作品内に出てくる看板も実際にお店にあるので是非チェックしてみてください🕶🕵️‍♀️ ・ ・ #Repost @l.a.juicejapan ・・・ 🏎💨🥤🍎🌴🌈 ・ ・ L.A.Juice Japan✖️Ena Kakuta 第2弾、オープニングムービーのお届けです。 ・ ・ L.A.Juice Japanでは、 本国のLA🇺🇸でも使用されていた @goodnaturepro のコールドプレス機を使用し、 毎朝コールドプレスジュースを製造しております。 ・ 東京、この広尾でしか味わえない LAのコールドプレスジュースの味を、 より多くの方に体験して頂きたく思っております。 ・ コールドプレスジュース🍹 スムージー🥤 サラダ🥗 ・ LAのパッションと共にお届け致します♡ ・ 生まれ変わった【L.A.Juice Japan】を これからも末永くよろしくお願い致します🙇‍♀️💓 ・ ・ 🎥 @enakakuta @ena_sketchmotion Ena Kakuta💫

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1年半ほど働いていた「L.A juice」から、リニューアルオープンの際に「ジュースに詳しいEnaにPR動画を作って欲しい」と依頼をいただいて制作したもの。(Enaさんインスタグラムより)

ーーEnaさんのスケッチモーション、本当に楽しくて何度も繰り返し見てしまいます!

ありがとうございます。その、“繰り返し見てしまう”というのが狙いなんです(笑)。

ーースケッチモーションクリエイターになられて、どのくらい経ちますか?

仕事として本格的に活動し始めてからは、まだ1年半くらいです。はじめはジュースショップでアルバイトをしながら、その片手間でインスタグラムに作品を投稿していたのですが、大学時代の友達からCMの依頼を受けたのを機に、口コミで広がっていきました。

ーーイラストや動画など、クリエイティブなことには幼い頃から関心が?

ジュエリーアーティストの姉の影響で、物心ついた頃からクリエイティブなことに興味がありました。父も退職後に京都造形大学の日本画コースに通うなど、アーティスティック気質の人で。私自身も両親の影響で、幼稚園の頃は絵画教室や生け花教室に通っていました。そんな環境で育ったせいか、クリエイティブな仕事をしたいという潜在的意識というか、本能のようなものがずっとありましたね。

あと、小学生の頃にダンスの楽しさに目覚めてから、中高時代はダンス部に、大学時代はダンスサークルに所属し、ダンサーになることを夢見ていました。

ーーダンスは何がきっかけで?

小学校5年生のとき、ダンスを習っていた友人の影響でダンススクールに通いはじめたのがきっかけです。そこでダンスの楽しさを知り、やっと自分を表現できる場を見つけられたような気持ちで、のめり込んだのを覚えています。大学卒業後もダンスを続けたい気持ちはありましたが、それが私の夢なのかを自問自答したときしっくりこなくて、それ以外の道に進むべきかどうかのジレンマに陥ってしまったんです。

ーーその結果、ダンス以外の道を模索するようになったんですね。

そうですね。高校時代に遡るのですが、友人と2人でファッションショーを手掛けたことがあり、そこでプロデュースをすることのやりがいや楽しさを肌で感じたんです。高校生なので、ショーではモデル役をしたい子はたくさんいたのですが、私はモデルよりもプロデューサー的なポジションの方がずっと魅力的に思えて。その流れで、大学も総合文化政策学部というトータルプロデューサーを育てる学部を選びました。

人と会うのも億劫になりベッドから立ち上がれない時期もありました

仕事に欠かせない偏愛グッズ。バービーの缶ケースに入った色鉛筆は、200本ある中からお気に入りをセレクト。左上の真っ白いペンは、いつも作品に登場させているもの。切れ味がよくて手放せないハサミ。ペンはPIGMAを愛用しています。

ーー大学時代はどんな毎日を?

授業はもちろん、ダンスにスターバックスでのアルバイトに……と全力投球の4年間でした。ダンスサークルは土日の9~21時。平日も2、3回は夜間練習がありましたし、週4日は朝の6時から10時までスターバックスで働いて、その後大学に行くというフル回転の毎日を過ごしていました。

ーー忙しい毎日の中で、とくに身になったことは?

スターバックスでのアルバイトで、接客の楽しさに気づいたことです。お客さまが喜んでくださるとモチベーションが上がりましたし、一緒に働くスタッフの人柄も、会社の方針もすばらしい職場でした。学生だったにもかかわらず、店長代理でマネージャーを務めるなど、裁量のある仕事を任せてもらえたのもやりがいになりましたね。

ダンスサークルでは、踊るだけじゃなく振り付けや舞台監督も手がけていました。2時間くらいある演目を形にするのはすごく大変でしたが、何よりも楽しかったですね。

ーー学業にダンスにアルバイトに......なぜそこまで頑張っていたのでしょう?

刺激のある毎日が楽しかったんだと思います。スターバックスでのアルバイトを通して、コーチングの楽しさ、人を育てることのすばらしさを知ることができましたし、ダンスサークルで部員を統括する役割を任せていただいたのも、いい経験になりました。私自身、やりたいことはやらないと後悔する性格なので、忙しくてもひたすら突き進むことができたのかなと。

ただ、3年生の12月末にサークルを引退し、いざ就職活動を始めたときに、何がやりたいかをまったく考えていなかったんですね。なので、業種を問わず、手当たり次第にエントリーしたせいか、選考がどんどん進んでいくのに反比例し、自分の未来をイメージできなくなってしまったんです。

ーースターバックスはエントリーされなかったんですか?

もちろん受けましたが、最終面接を前に落ちました。アピールできることはたくさんありましたし、友達も「Enaなら大丈夫!」と励ましてくれたのですが、思っていたほどスムーズにはいきませんでした。毎日「決まるかも。決まらない……。今度こそは!」の繰り返しで、気がついたら4年生の9月になっていました。

でも、「がんばるしかない!」そう自分を奮い立たせ、受けたのがANAのグランドスタッフ。でも、これも最終面接で落ちちゃったんですよ。周りの友人は着々と就職が決まっていくなか、自分はなかなか決まらない。人と会うのも億劫になりベッドから立ち上がれない時期もありました。

仕事に使うグッズをまとめて入れられるケース。ペンやハサミはもちろん、ウォルトディズニーで働いていたときにもらった思い出のメモなども入れています。

ーーその後も諦めずに就職活動を?

ある日、すっかり自信をなくして落ち込む私に、ジュエリーアーティストの姉が、「こんなの見つけたよ」と、フロリダのウォルト・ディズニーワールドがキャスト募集しているという記事を見せてくれたんです。5歳までNYに住んでいたのですが、その頃に家族で遊びに行ったり、ちょうどその3年前にも姉と一緒に行ったところで、私にとって思い出の場所でもあったんです。だから、募集記事を見たときに運命を感じましたね。「こんなチャンス、二度とないかもしれない。絶対に受けよう!」って。

ーー書類審査や面接は英語ですよね?

はい。英語は好きでしたが、文法は全然ダメ。あわてて英語の専門学校に通って面接向けの英会話を丸暗記して挑みました(笑)。そのとき担当してくださった先生のアドバイス通り、面接には初詣に着物姿で撮った写真を持参し、日本の魅力を丸暗記した英語でプレゼン。結果、見事合格することができたんです!

ーーすごい! フロリダ ウォルト・ディズニーワールドではどんなお仕事を?

私が配属されたのは、11ヵ国のパビリオンが立ち並び、各国の文化や食事を楽しむことができる「エプコット」というパーク。そこでは、その国出身のキャストが働いているのですが、私は日本館の鉄板焼きのレストランで働いていました。

そのお店は、フロリダ ウォルト・ディズニーワールドでトップ3に入るほどの人気店で、とても忙しいお店だったんです。ビザの関係上スタッフの入れ替わりも激しかったので、最初の1ヵ月はメニューやサービスの暗記に明け暮れ、仕事に慣れてからは後輩の指導。英語も学びながらだったので、とにかく必死でしたね。

ーー日本の接客と違った点は?

アメリカってフランクなイメージがあると思いますが、私がいたところは本格的な文化交流がウリのパークだったので、お辞儀など日本人のおもてなしをしっかり身につけました。小さな子供たちにお箸の使い方を教えたり、お辞儀をする理由を説明したり着物を着る日があったりと、今まで以上に日本人である感覚を大切にしていました。

ーー当時は一人暮らしを?

園内にある寮に、世界各国の方たちとシェアして住んでいました。そこにはプールがあったりジムがあったり。さらにはキャスト向けのイベントもあって、「さすがディズニー!」という充実ぶりでしたね。このときも同僚とダンスをやっていて、キャスト内で開かれるパフォーマンスコンペに参加したり。

ーー楽しそう! 充実されていたんですね。

はい。ビザの関係上もともと契約が13ヵ月と決まっていたので、あっという間でしたけどね。最初は海外への憧れが勝っていた私でしたが、お客様から「日本ってすばらしいね」と褒めていただくたびに、日本のすばらしさを再確認することができて。日本人としての誇りを持って帰れたと思います。

刺激のない毎日に悶々。「お金にならなくても好きなことをやろう」そう思い立ちました

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HOLICS編集部

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