好きを仕事につなげたひと

NYでケータリング起業。元雑誌編集・伊澤実佐子さんの必然とは

SPECIAL 2017.8.4

「好き!」の熱量には説得力があり、「好き!」の裏側には、その人なりのストーリーがあります。そんな“好き”を仕事にしている人々をインタビューしていくシリーズ“好きを仕事につなげたひと”。会社のオーナーへと華麗なる転身を遂げたshikinycオーナー・シェフの伊澤実佐子さん。「雑誌」と「ケータリング」、“好き”から“好き”を掴んだ伊澤さんのサクセスストーリーをお届けします。

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お弁当作りと雑誌作りって、根本的な部分は一緒だと思います

女性誌のファッションエディターをしていた伊澤さんが、NYでお弁当のデリバリーやパーティーのケータリングを行う会社を立ち上げたのは、39歳のとき。色彩感覚や配置バランスなど、長年雑誌作りで培ったセンスを落とし込んだお弁当は、見た目にも鮮やかで、アートといっても過言ではないほど。最近は、お弁当にとどまらず、企業向けのケータリングも増えているといいます。新たな挑戦がカタチになりつつある今、充実したNYライフを過ごす彼女にお話をうかがいました。

子どもの頃から雑誌がとにかく大好きで。真似事で雑誌を作ったりしていましたね

――もともとはエディターをされていたんですよね。

はい。新卒で世界文化社に入社、「MISS」、「家庭画報」、「BEGIN」などの編集部に在籍し、エディターとしての経験を積みました。その後退社し、集英社「Marisol」創刊直後に専属エディターに。そう考えると、大学を卒業して以来、ずっとファッション誌に携わってきました。

ーーいつからエディターを志していましたか?

子どもの頃から雑誌がとにかく大好きで。文字とビジュアルが組み合わさったデザインに興味を持ち、自分でも真似事で雑誌を作ったりしていました。また、制服のない学校に通っていたから、子どもの頃から毎晩寝る前に翌日のコーディネートを考えるのが好きでしたね。今思えば、ファッションエディターになったのは必然。というか、自分に合ってたんだなって思います。

興味がファッションからライフスタイルへ。 それが仕事はもちろん、人生の転機でもあった

――NYでケータリングフードの会社を立ち上げることになった、その転機はいつだったんですか?

昔からファッションが大好きだった。だけど、年齢とともに好きなことって変わっていくじゃないですか。20代は手当たり次第、さまざまなファッションにトライ、30代になると自分に似合うものが分かってきて、40歳手前に差しかかると、逆に興味が薄れてしまったんです。それと同時に海外を行き来するようになって、次第にファッションを仕事にすることに意味が見出せなくなった、みたいな......。

――海外と日本だと、ファッションへの考え方も違いますもんね。

そうですね。例えば日本は、1つのアイテムが流行ると誰もがそれに飛びつきますよね。そういう文化はNYにはないかな? 好きなものを自由に着てる!  でもそれが、いまの私には楽だと感じました。

――それで、興味のあることが変わっていったと?

はい、ここ2~3年のことですね。年齢も重ねたせいか、ライフスタイルを大切にしたいって思い始めたんです。若い頃はとにかくがむしゃらで、稼いだお金でバッグや靴を買う。確かに楽しかったけど、だんだんと何か違うなって。稼いだお金で生活を整えるとか、きちんと食事をとるとか、旅に出るなどライフスタイルを充実させたいと思い始めたんです。

NYの人たちのライフスタイルが、会社立ち上げの大きなヒントに

――NYでの起業を具体的に考え出したきっかけは?

プライベートで頻繁にNYに足を運んでいて感じたのが、NYの人たちはヘルスコンシャスで、日本よりオーガニックに対する意識が高いということ。ヘルシーだから和食が好きという人も多くて。あと、みんなすごく忙しいから、平日の昼間はお店にパッと入ってサラダを15分くらいでササッと食べるんです。その姿を見たときに、ヘルシーで手軽な和食弁当があったらきっとみんな食べてくれるに違いない。「これは、ビジネスになりそう!」と直感が働きました。

――料理の腕はどこで磨いたんですか?

料理はもともと大好きで、自分用にお弁当をよく作ったりもしてました。あとは、母親が料理教室をやっていたので、料理というものがずっとそばにあった気がします。ただ、エディター時代は忙しすぎて作る暇もないし、遠のいてはいましたね。なので、“お弁当”ならではの料理や盛り付けを学ぶために、日本のケータラーのもとで2~3ヵ月ほど修行しました。

――その後、渡米してすぐ起業を?

はい。やっぱりフリーと組織では圧倒的に信頼度が違うし、許可の関係もあり、会社にしました。NYに引っ越してからすぐ必要な免許を取り、3~4ヵ月ほどで立ち上げて。フードを売るパーミットがNYはすごく厳しいので、必然的な選択だったんじゃないかなと思います。

――初めてで、しかも異国の地で、どのようにして会社の知名度を上げたんですか?

口コミ、インスタグラムが大きかったですね。あとは、NYはアジア系アメリカ人が多く、彼らの食の嗜好って日本人に似ているんです。だから、彼らが好んで読む雑誌や媒体に広告を出したのは功を奏したと思います。最初はお弁当から、だんだんとケータリングのオーダーが増えました。

盛り付けセンスは、エディター時代に培ったもの。 色の加え方や配置など、細かなところまでこだわります

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HOLICS編集部

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