好きを仕事につなげたひと

インスタ漫画が話題!元会社員・岡山里香さんのユニークな転身術

SPECIAL HOLICS編集部 2019.3.22

自身の経験をもとに描いた恋愛コミックエッセイ「#イタ恋」をインスタグラムで発信。現在12万人のフォロワーを集める岡山里香さんは、今最も注目を浴びる漫画家であり、経営者でもあります。30代半ばで漫画家としてのキャリアをスタートし、ものの1年強で2冊の本を出版するまでに至ったその経緯とは? 会社員を経て起業。それから漫画家になるまでにさまざまな仕事を経験してきた岡山さんならではの仕事論に迫ります。

デビュー1年強で2冊の本を出版。起業家としての顔も持つ、話題の漫画家の素顔とは?

HOLICS「男のオモテウラ図鑑」でもおなじみの漫画家・岡山里香(おかやまりか)さん。

岡山さん自身の経験を描いた恋愛コミックエッセイ「#イタ恋」は、「続きが気になる」「こういう男いるいる!」と、働くアラサー女性を中心にハマる人が続出中!

岡山さんが漫画家としてのキャリアをスタートしたのは2017年末のこと。インスタグラムを開設して約半年でフォロワー10万人にのぼるまでの人気を確立しました。そして、2019年2月には念願の「#イタ恋」の書籍化を果たし、3月27日には新刊エッセイ「オトナの決断力」が発売されます。

漫画家歴たったの1年強という驚異的なスピードで成果を出し目標を達成した裏側にあるものとは?
今回は、「物理的な暇よりも、心の暇がなによりも嫌」と語る岡山さんの刺激あふれるお仕事ストーリーをお届けします。

漫画ばかり描いていると、“変わり者”として浮いてしまう。目立ってしまうのが嫌だった

ストーリーの構成をいちばん大切にしているという岡山さんの下書き用ノート。「消しゴムは基本的に使いません。ボツになったネタも、ひとつのアイディアとして残しています」

ーー書籍「イタイ恋して何が悪い!?」に続き、3月27日には新刊「オトナの決断力」の発売おめでとうございます! HOLICSの人気連載「男のオモテウラ図鑑」をはじめ、with ONLINEやVOCEなど、さまざまなメディアで大活躍されていらっしゃいますが、漫画家としてのキャリアをスタートされたのは最近だとか?

そうなんですよ。1年半ほど前にインスタグラムに漫画を投稿しはじめたのがきっかけです。

ーーということは、たったの1年強で2冊の書籍を出版!? 凄まじい快進撃ですね。なぜまた漫画家に?

漫画家になるまで、いろいろな仕事をしてきたのですが、そんな私を側でずっと見てきた妹に、ある日言われたんです。「お姉ちゃん、そろそろ本当にやりたいことしたら? 小さい頃、漫画描いてたじゃん」と。その頃すでに30代半ばでしたし、「この歳で漫画家なんて無理でしょ」と言いつつも、内心は「ちょっとありかも?」という淡い期待もあって。それで描きはじめたんですよね。

ーー「オトナの決断力」で拝見しましたが、幼い頃は、漫画を描いていたんですね。

はい。3〜4歳くらいのときから、絵本を自分で作っていました。絵を描いた画用紙をホチキスでとめて、表紙と裏表紙もちゃんとつけて。代表作は「のんびり山のひげはちギツネ」。ひげはちギツネがお菓子屋さんをはじめて、森の仲間たちが買いにきてくれたり、手伝ってくれたりする話(笑)。4歳のときに入院したことがあって、そのときも「ゆみちゃん(*1)と看護婦さん」みたいな、自身の入院経験をもとに物語を作って絵本にしていましたね。
*1「ゆみちゃん」は岡山さんをモデルにした架空の女の子

妹が幼い頃は、子守唄ならぬ子守話みたいな感じで、私が即興で作った物語を眠るまで聞かせたり。

仕事道具として欠かせないグリッド線が引かれた卓上ミラー。「人物ポーズの研究のため、手の角度や向きなど、鏡で確認しながら描く時に活用しています」

ーー絵を描く=ひとりの時間が好きだった?

まさに。人と何を話せば良いか分からなくて、幼稚園の先生に「みんなでお話しましょう」と何人かのグループの輪に入れてもらったんですが、怖くて逃げ出しちゃって。小学生の頃は、私が描いた漫画をよく友だち同士でまわし読みをしていて、漫画が人とのコミュニケーションをとるツールになっていましたね。自分から話すトピックスを考えなくて済むから楽だったんですよ。

それから中学・高校と進学校へ進み、その頃から漫画を描くのを辞めてしまったんです。みんな勉強熱心で賢い子ばかりで、「いい大学に行く」というレールに乗っかって考え方まで現実的になってしまって。私の唯一の武器である漫画が通用しないと感じたんでしょうね。あと、漫画ばかり黙々と描いていると、“変わり者”として周囲から浮いてしまう。悪い意味で目立ってしまうのが嫌だったんです。

絵を描いたり、物語を考えることが大好きだった私は、それ以来なんだか心にぽっかりと穴のあいたような状態になってしまって......。その頃から、まっとうに、周りの空気に合わせたり、世間からはみ出さないように生きるようになった気がします。

ーー岡山さんの本質とは逆の方向に行ってしまったんですね。

そうなんです。あの頃は、完全に抑圧されていましたね。大学に入ったら今度は、“好き”や“やりたい”という気持ちよりも先に、“どうすれば食いっぱぐれないか?”を考えて就職先を探したりして。

ーーその頃の恋愛は、「#イタ恋」にあるようにこじらせていた?

こじらせていましたね〜。学生時代は、持て余したクリエイティビティが変な方向へ行き、意中の相手がいても、「どうすれば告ってくれるかな?」と、恋愛をゲーム的に捉えはじめてしまったんですよね。

何がやりたいのかよく分からない。その状況がそもそもヤバいなと感じて

岡山さん選りすぐりの愛読書たち。「『るきさん』は、天才漫画家と呼ばれる高野文子さんの作品。日常を描いたほのぼの系漫画なのですが、高野さんの個性が滲み出ているんですよね。絵のタッチも、線が美しくて好き。企画職だった会社員時代に熟読した『企画脳』は、今でも繰り返し読んでいます。漫画には構成力が大切だということを教えてくれた貴重な本『SAVE THE CATの法則』は、ハリウッドで活躍する脚本家による実践型のマニュアルブック。『ネコの手も貸したい』は、『残酷な天使のテーゼ』などのヒット曲を手がけた作詞家・及川眠子さんの作詞教則本。及川さんのクリエイティブ術がつまった一冊です」

ーーどんな会社に就職を?

某人材サービスの会社で、主に商品企画と販売促進の仕事をしていました。効果測定をもとにWebサイトの構成や仕様を考えたり、営業に必要な資料の作成や勉強会を開いたり。

仕事も人も刺激的でおもしろく、自由な社風でしたが、それでも暗黙の社内ルールのようなものもあって。自分で決済が取れないことに、だんだんとムズムズしてきたんですよね。

「自分のやりたいことだけをやりたい!」そうは思っても、何がやりたいのかよく分からない。その状況がそもそもヤバいなと感じて。でも、安定した収入があることは恵まれているし、仕事も人もおもしろい。でも、それ以上に自分の時間が大事だと思って、次の働き口も決まっていないのにスパッと辞めたんです。

ーー不安はなかった?

「辞める」と決めてからはありませんでしたね。むしろ、モヤモヤした気持ちのまま突っ走っている方が不安でした。

ーーその後は、どんな仕事を?

ヘアメイクの仕事をはじめました。前職のときに、働きながら趣味の延長でヘアメイクのスクールに通っていたんです。インターンでそのスクールから10人くらいでテレビの現場に行ったとき、技術はまだまだだったのですが、全体の流れや、段取りを考えて動いていたら、「あなたに任せれば大丈夫だと思うからがんばって!」と先生に言われ、いきなり現場を任されることになって。

みんな「モデルをどう美しくするか」を考えている中で、私は“場”を見ていたんですよね。“空気”は読めないけれど“場”は読める。それは、合コンでも実践していましたね。「あの男とこの子は相性が良さそうだな」「この人はこういうタイプだから、私は◯◯キャラで行こう」みたいな。

ーーヘアメイクになるためには、アシスタント経験が何年か必要になるのでは?

私の場合「そういうのはすっ飛ばしてやっちゃえ!」というスタンスだったので、現場をがんがん仕切りつつ技術を磨いていった感じです。あと、得意な肌作りを重点的にやり、苦手なパーツは人に振ったりして。そうこうしているうちに、1日に案件が重なることも増え、だんだんと仕事が舞い込んできたので、ヘアメイクを何人か集めて事務所化しました。

ーーどのようにして人集めを?

撮影現場で一緒になった人や、ヘアメイクの専門学校を出たのに、自信がないからと仕事にできていない人など、センスのある人をピックアップして声をかけて。同時に、「2ヶ月でヘアメイクのプロを育成する」という事業も始めました。SEO対策を考え、WEBで募集記事を出すとみるみるうちに生徒も集まって。

“適材適所を利用して段取り良く仕上げる人”として認知されるようになったのか、それ以外にも、美容系の企業からメイク動画の作成や、イベントを仕切るプロデューサーのような仕事も来るようになりました。

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