すべての女性のための偏愛ミュージアム

好きを仕事につなげたひと

30歳で上京。服偏愛者・長尾悦美さんが掴んだバイヤーという夢

SPECIAL 2017.8.25

「好き!」の熱量には説得力があり、「好き!」の裏側には、その人なりのストーリーがあります。そんな“好き”を仕事にしている人々をインタビューしていくシリーズ“好きを仕事につなげたひと”。今回ご登場いただいたのは、髙島屋セレクトショップ「スタイル&エディット」バイヤーの長尾悦美さん。販売員歴13年、バイヤー歴5年。18年もの間、長尾さんを魅了し続ける「服」を扱う仕事。その魅力とは?

人と人がつなぐ仕事の縁。出会いには恵まれていると思います

新品とヴィンテージをMIXした着こなしに、トレードマークの赤リップ。インスタグラムに投稿されるハイセンスな私服が、おしゃれすぎると話題の長尾悦美さん。そのフォロワー数は19.7千人を超え、高感度なファッション誌にもたびたび登場する彼女の職業は、髙島屋セレクトショップ「スタイル&エディット」の敏腕バイヤー。お父さまのスタジャンを着て登校していたという小学5年生から、長尾さんの“ファッションホリック”な人生が始まりました。

父のVANのスタジャンを着て学校へ。ランドセルは背負わない子どもでした

右手人指し指/エルメス、右手中指/ヴィンテージ、右手バングル/セルジュ・トラヴァル、左手人差し指/トムウッド、左手バングル/フミカウチダ

ーーずばり、おしゃれに目覚めたのはいつ?

お年玉をつぎ込んで服を買うようになったのは、確か小学5、6年生くらいだった気がします。

ーー誰かの影響ですか?

父がすごく服が好きで、地元ではちょっとした有名人だったんです。私が4歳のときに他界してしまったのですが、リーバイス501や VANのスタジャン、ウエスタンブーツなど、父の愛用品を母が大切に置いていたので、小学生の頃から父のワードローブを漁るのが楽しくて、大好きでした。

ーー自然と好みもメンズファッション寄りに?

そうですね。小学5、6年の頃は、父のVANのスタジャンを着て学校に通っていましたし。トラディショナルなファッションが好きな父の影響で、冬はダッフルコートを着たり。ランドセルは背負わない子どもでした。

8年前に購入した古着のガウン。「最近やっと着こなせるようになってきました」

アルバイトで稼いだお金はすべて服に使っていました

バレンシアガのイヤリング。フミカウチダとヴィンテージのネックレスを重ねづけ。「SATCでキャリーがつけていたような、90年代っぽいネームプレートのものはネットで」

ーーファッション業界に入ったのは就職で?

正式にはそうなるのですが、高校時代に販売員のアルバイト経験があります。母とよく通っていた「ドゥファミリィ」のオーナーに「うちでアルバイトしてみない?」と声をかけられたのがきっかけでした。

ーー高校卒業後は、進学を?

大学には行かず、東京の服飾系専門学校へ進むつもりだったのですが、母に上京を反対されて。じゃあ札幌に行きたいと言ったら、ちょうど父の親友がビームスの社長と釣り仲間で、口を聞いてくれて「ビームスボーイ」に就職することになったんです。当時は「ビームスボーイ」のショッパーを持ち歩くことがステイタスのような時代だったので、舞い上がるような気持ちでした。

ーーその後は?

2年半くらい販売をやらせてもらったのち、退社しました。ちょうど21歳になった頃だったんですが、リーバイス501は履くけど、足元はスニーカーではなくヒールを履きたいとか、自分の中でファッションの思考が、少し女っぽく変わってきて。「ビームスボーイ」のテイストと合わなくなったので、思い切って退社を決めました。

「生意気で、すぐに辞めそう」そう思われていたみたいです(笑)

赤リップといえば、長尾さんのトレードマーク。愛用リップは、ナーズのベルベットマットペンシル。

ーーその後は別の店へ?

「トゥモローランド」で働いている友人に声をかけられたんです。「トゥモローランド」は、すごくコンサバなイメージが強くて、自分とは真逆の世界というか。でも、受けるだけ受けてみようと面接に行ったら通過。入社することになりました。

ーー面接にはどんなファッションで?

「トゥモローランド」っぽいきれいめな服を持っていなかったので、「もう何でもいいや」と思い、ヴィンテージのブラウスにGジャンをはおり、ぶかっとしたチノパンにキャスケット、という出で立ちで。でも、それが逆に受け入れられて。でも、「生意気で、すぐに辞めそうだな」とも思われたみたいです(笑)。

ーー「ドゥファミリィ」「ビームスボーイ」での経験を生かし、次のステージへ進まれたんですね。

はい。この頃、おしゃれすることが毎日本当に楽しくて楽しくて。お店もどんどん成長して、全店舗の中でもベスト5に入るくらいの売り上げ規模になって。インポート部門の売り上げは、都内の店舗をおさえて1位に。札幌なのに、渋谷や丸の内と競うくらいの勢いでしたね。

ーーそれはすごいですね。かなりやり甲斐があったんじゃないですか?

ありましたね。ディスプレイを担当したウィンドウの服が飛ぶように売れていったり、何十万円もする高価なものを売るのはとても気持ちよかったです。また、本社とやりとりをし、新ブランドの取り扱いを始めたり。バイヤーではなかったですが、それに近い気持ちでやっていましたね。

ステップアップがしたくて上京したのに、札幌の仕事と変わらないと思い……

3年前に発売されたシシ×スタイル&エディットのライダースジャケット。「ずっとこういうオーバーサイズのライダースを作ってみたくて、絵を書いてパターンに起こしてもらい、ファブリックからジップまで選ばせてもらって。おかげさまですごく売れた、思い入れ深い一枚です」

ーーどのタイミングで上京を?

8年間札幌店にいて、30歳になったときに上京。ちょうど新業態の「スーパーエーマーケット」を立ち上げるタイミングでした。実は、その2年前くらいからは、本社への異動願いは出していたんです。

ーーバイヤーとして?

はい。本社のバイヤーとやり取りをし、仲良くしてもらっているうちに、「私もやりたい!」という思いが強くなってきて。自分がいいと思って選んだものをお客様に勧めたい。今は、選ばれたものの中からだから、自分が仕掛ける側にまわりたいなと。

ーー希望が通ったんですね。

いえ、東京異動は新店の販売員としてだったんです。それからもバイヤーになるきっかけがなかなかまわってこなくて。ステップアップがしたくて上京したのに、これだったら札幌にいるときと変わらないという思いが生じてきたんです。

オーダーメイド専門のバッグブランド「マニュティ」のバッグ。「友人のブランドなのですが、立ち上げ前に試作として一番初めに作ってもらったもの。サイズスペックを出し、絵を描いて一度は布で作り、試行錯誤した大切な一品です」

ーー上京した意味を考えると、その状況は悩みますね。

このまま続けていくか迷っていたとき、札幌店で働いていた頃の顧客さんで、プライベートでも仲良くさせていただいているご夫婦と食事に行く機会があったんです。その悩みを打ち明けたら、「髙島屋の『スタイル&エディット』というセレクトショップがあるんだけど、好きにやってみたらいいよ」と言われて。そのご主人が高島屋の方だったのは知っていたのですが、まさかそんな権限を持っている方だとは思わず......ただただびっくりでした。

ーーここでもまた「人」という存在があったんですね。

そうですね。ありがたいことに、人との出会いには本当に恵まれているなと感じました。自分の意志ではないところに、一度飛び込んでみたら、新たな世界がどんどん開けていった、そういう瞬間が今までの人生に何度もありました。

バイヤーというよりもスーパーバイザー的な立ち位置から入りました

ライダースジャケット/シシ
シャツ/ジャンティークで購入したヴィンテージ
パンツ/セリーヌのヴィンテージ
靴/セリーヌ

ーー「スタイル&エディット」に移り、晴れてバイヤーとなったわけですね。

そうですね。バイヤーになったはいいけど、数字の組み立ても何も知らない状態でのスタートでしたから、初めの頃はとにかく毎日必死でした。売り場も、お客様に向いていないというか、美しいものを美しくみせるレイアウトになっていなかったんです。なので、まず「こうしたい!」というビジュアルをたくさん集めて、何度も何度もプレゼンを重ねて。まずは内装を変えることからスタートさせ、バイヤーというよりもスーパーバイザー的な立ち位置から入りました。

ーー今やおしゃれな人たちにとって、「スタイル&エディット」は欠かせないショップですよね。

本当にありがたいことです。去年で10周年を迎えたんですが、ようやく「スタイル&エディット」という名前が、ファッション誌などで取り上げていただけるようになりましたね。私自身もインタビューを受けることが増え、少しずつ手応えを感じています。

バイヤーとしては、まだ20点レベルだと思います

FRaU 2017年4月号 FRaU「TOKYO BAG SNAP」より

ーーバイヤーになって丸5年経った今、どんな心境ですか?

正直のところ向いてるのか向いていないのか、まだ分かりません。百貨店ビジネスなので、数字に関してはかなりシビアな世界なんです。でも、販売経験が長かった分、数字よりも人を重視しすぎてしまう面もあって。バイヤーとしては、まだ20点レベルだと思います。

ーーでも、販売もバイヤーも両方できる人って少ないですよね。

そうなんです。しかもVMD(ディスプレイによるマーケティング手法)も組めるので、それは私のいちばんの強みかもしれません。

3年くらい愛用し続けているフミカウチダのニット。「このニットにレザースキニー、コンバースを合わせてNYコレクションに行ったら、写真家のビル・カニンガム氏にすごく褒められ、写真を撮ってもらったんです。あの興奮は今でも忘れられない思い出です」

ーーいつも服を選ぶときの基準は?

仕事柄よいものを見極める力が必要なんですが、私の場合、それはデザインではなく素材なんですよね。バイヤーという仕事で何千点もある服の中から選ぶ場合も、売れるかどうかの前にまずは素材を見ます。

ーーどんな素材だったら購入する?

上質なシルクやリネンはもちろん、ミリタリーアイテムの無骨さも、繊細でフェミニンなレースも好き。女性って自分が可愛く見えるかどうかという視点で物を選ぶ傾向がありますが、私にはない。デザインではなく素材重視なところは、完全に“ギア好き”の男目線なんでしょうね。

誰かがチャンスを運んできてくれるとういうか、物事を引き寄せてくれる

FRaU 2016年8月号 FRaU「夏服にマンネリを 感じたら 取り入れたいこと」より

ーー“好き”を仕事にできた、いちばんの理由は何だと思いますか?

好きなものを「好きだ」と口に出すこと。言霊(ことだま)ってあると思うんです。例えば、「バイヤーになりたいんです!」といろんな人に伝えることで、誰かがチャンスを運んできてくれるとういうか、物事を引き寄せてくれるということを、今までの経験からたくさん学びました。

ーー最後に、次の目標は?

近い将来ではないけれど、お客様をきれいにしたいとか、喜ばせたいとか、アパレルショップの原点に触れる、そんなお店をいつか持ちたいですね。

長尾悦美(ながお・よしみ) 髙島屋「スタイル&エディット」バイヤー

北海道出身。札幌での販売経験を経て、バイヤーへ転身。幼い頃からそばにあったという古着、ヴィンテージをこよなく愛する“服偏愛者”。フォロワー数19.7千人を超えるインスタグラムは、私服はもちろん、海外出張先のコレクションや展示会の様子など、世界のおしゃれ情報が満載。

はっと目を引くセリーヌのパンツ、リネンシャツはヴィンテージ。じゃらづけしたアクセサリーにナーズの赤リップ、真っ直ぐに切りそろえられた短い前髪。似合うものを知り尽くした圧倒的なオーラに、お会いした瞬間、心を奪われました。それは、18年という長い歳月をかけ、「服」と真剣に向き合ってきたからこそまとえるモノ。何か一つのことを追求し続けることの大切さを教えてもらいました。

撮影/田中祐介

HOLICS編集部

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