好きを仕事につなげたひと

日本一予約の取れない経絡整体師・朝井麗華さんの揺るぎない夢

SPECIAL 2017.11.8

“おっぱい番長”の名で、女性誌やテレビなどさまざまなメディアで引っ張りだこの経絡整体師・朝井麗華さん。23歳で直面した転機、愛する人の想いを生きる力に変え、日本一予約の取れない整体師と言われながらも、今もなお「夢」に向かって走り続けるその原動力とは? 今回は、朝井さんのキラキラと輝くハッピーな笑顔の裏側に迫ります。

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転機は、23歳のとき。ご主人に病が見つかり、二人三脚の闘病生活が始まりました

たったの2週間でバストアップが叶うと話題の“乳トレ”で、数々の女性誌やメディアで大活躍の“おっぱい番長”こと経絡(けいらく)整体師の朝井麗華さん。いつも生き生きとした笑顔が魅力的な朝井さんに転機が訪れたのは、まだ23歳の頃。最愛のご主人に病が見つかり、3年半の闘病生活が始まりました。必死の看病を続けるなか、幼い頃から興味のあったアロマセラピー、さらに東洋医学や中国整体の推拿(すいな)療法を学び、“何か”に導かれるようにして経絡整体師となった朝井さん。その“何か”とは? 

「主人が命がけで教えてくれた」という使命を全うすべく、努力を惜しまず笑顔で突き進む、朝井さんの仕事ヒストリーをお届けします。

物心ついた頃には、身体のケアやヨガに関する本などが身のまわりに

ーーもともとはアロマセラピストだったそうですが、アロマとの出会いは?

高校生の頃に雑誌か何かでエッセンシャルオイルの存在を知ったんです。アロマグッズなどは100円ショップで簡単に手に入ったので、玄関先やベッドルームに置いて楽しんでいました。セルフマッサージの本を買い出したのもちょうどその頃です。

ーーということは、高校生の頃から将来は美容の道に進むことを望んでいたのでしょうか?

いいえ、その頃は考えていませんでした。短大に進学後は、健康や身体に携わる医療系の仕事に就きたいと思い始め、臨床検査会社に入社しました。とはいえ、当時はとくになりたい職業などもなく、ちょうど就職氷河期だったので、「入社できてラッキー」くらい(笑)。

ーーなぜ、健康や身体にまつわることに興味を持ったのでしょう?

父がウエイトリフティングの選手だっということもあり、家には身体のケアやヨガに関する本などが置いてあったので、読み漁っては、女性らしいボディラインになるエクササイズなど見よう見まねでやっていましたね。あと、中高生が読むファッション誌の美容ページも大好きでした!

自分が一生をかけて全うするべきことを、主人が命を懸けて教えてくれた

ーーその後、どのようにしてアロマセラピストに?

勤めていた臨床検査会社を寿退社し、その後、アロマ講座を受けに行ったりして、少しずつ勉強を始めました。今までは香りを楽しむ程度だったアロマが、実は喉の炎症やニキビ、内臓不調やうつ病にまで、海外ではさまざまな治療に使われていることを知り、目から鱗でしたね。

ーーそれから本格的にアロマの勉強を?

ちょうど結婚して半年経った頃だったのですが、主人の癌が発覚し、余命2、3ヵ月と宣告されたんです。転職を考えていた時期でもあったので、仕事を辞めて看病に専念することに。それからは、少しでも主人にリラックスしてもらいたくて、毎日アロママッサージをしていました。また、癌患者向けの食事療法の本を読み漁り、良いと言われるものは積極的に取り入れ、試行錯誤を重ねた結果、余命2、3ヵ月と言われた主人が3年半生きたんです。

ーーその頃、朝井さんはまだ23歳だったんですよね。

はい。今からもう15年も前なので、まだインターネットも今ほど普及していませんでしたし、情報を探すのにとにかく必死でした。幸せなことに両親も祖父母も健在で、「病気」というものに縁がありませんでしたし。とはいえ、そんなことは言ってられない。主人と2人、3年半かけていろんな情報を探し続けました。

ーー今では溢れかえっている「情報」を、当時は探し求めていたのですね。

すべては情報次第だと思うんです。とくに病気に関しては。今私が持っている「情報」をあのときの主人に届けられたら、もしかすると癌と共存しながらも、今も生きているかもしれない。

主人は35歳で亡くなったんですが、若くして大病をする人を世の中から一人でも減らしたい。その役目を果たす“情報屋さん”になろうと心に決めました。自分が一生をかけて全うするべきことを、主人が命懸けて教えてくれたんです。

アロマセラピスト、学生、バーテンダーと、三足のわらじを履いた生活を送っていました

ーーそこから本格的にアロマセラピストの道へ?

そのつもりでしたが、主人が亡くなってからは、すぐに社会復帰をしないと生活費がないので、バーテンダーとして働くことにしたんです。

ーーなぜ、バーテンダーを?

それには理由があって、もともとコーヒーが大好きで自宅で自家焙煎までしていたんです。その前はハーブティーにハマっていて、気分に合わせてブレンドまでして。さらにその前は、紅茶がすごく好きだったんですが、そういえばお酒のことは何も知らないなと思って。(笑)

少ししてから、バーテンダーの仕事をしながらアロマの学校に通い始めました。

ーー“好き”を見つけるのが得意な朝井さんらしい選択ですね。

バーテンダーをしつつ、アロマの学校にも行きながら、ホテルのスパで派遣のセラピストとして働かせてもらったり、自宅で知り合いに施術をしたり。アロマセラピスト、学生、バーテンダーと、三足のわらじを履いた生活を送っていました。

左・「アビオスのオーガニック フェイスケアオイルは、大豆オイル、ソイ、アルガン、ホホバ、アプリコット、ラベンダーなど、いろんなオイルがミックスされているんです。この大豆オイルに含まれているエラスチンを補給してあげると、すごく皮膚の弾力が保てるんですよ。大豆オイルって希少価値が高いので、フェイスオイル用ですが、お風呂上がりのバストマッサージに使っています」 右・「著書『おっぱい番長・朝井麗華の「ゴムチューブたすき」(宝島社)で美バストダイエット』の付録につけたコロコロマッサージャー。大胸筋の上をコロコロと転がして刺激を与え、筋肉ほぐしに」

ーーその後、アロマセラピストから現在の経絡整体師へ転身された経緯は?

セラピストとして働き始めてしばらくした頃、アロマセラピーは精神面や筋肉のリラックスへは効果が顕著なものの、四十肩やぎっくり腰といった筋肉や骨格の不調の改善にはかなり時間がかかってしまう。そのことを実感し、もっと即効性のある技を身に付けたいと、強く思い始めたんです。

ーーなるほど。目指す方向性がそこで変わったんですね。

ちょうどその頃、東洋医学基礎講座があるという情報を見つけて試しに行ってみたんです。そしたら、たまたま受けた中国整体の推拿(すいな)療法の、身体を根本から変える概念の素晴らしさを知って。もっと追求したいと思って本格的に受講することを決めました。

ーーその後、経絡整体師には、どのようにして?

受講している教室のつながりで、推拿(すいな)療法の技術を提供しているリラクゼーションサロンがスタッフを募集する際に声をかけていただいて、働かせてもらえるようになりました。2年後に独立し、狭いマンションの一室で、完全紹介制のサロン「気Reika」をオープンしました。

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HOLICS編集部

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