好きを仕事につなげたひと

現代アーティスト・小松美羽さん流“自分の役割”の見つけ方

SPECIAL HOLICS編集部 2018.5.25

今や世界を舞台に活躍する現代アーティスト・小松美羽さん(33歳)。その作品からみなぎる生命力は、一度見たら忘れられない“何か”を、私たちの心の奥深くに残します。眼に見えない大切なものを信じ、描き続け、アーティストとして“好き”を貫き通す小松美羽さんの生き方がここに。

――じゃあ、夢はやっぱり夢でしかなかった、と……。

それが、25歳のときに本当に出会えたんですよ! 友人のバーに飾られていた私の銅版画を見て「心が救われた」と言ってくれた人がいて。それが画家のプロデュースも手掛けている高橋紀成さんでした。初めてお会いしたとき、「この人がメタセコイアの夢の人だ!」と気づいたんです。夢の通り、本当に体の大きな人でした(笑)。

ただ、高橋さんと出会ってからが、むしろ誰からも認められていなかったときよりもずっとつらくて。すごくスパルタなんですよ。高橋さんが仕事関係の知人の方々と会食をされているところに、私が突然呼び出されて同席することもあったのですが、会食が終わった後に、毎回「今日もお前は気を遣っていた」って叱られるんです。

――「気を遣う」とダメなんですか?

気を遣われると相手も疲れるんだ、と。気は遣うのではなく配るものだ、と教えられました。でも自然に気を配れない私を見て、「アーティストだからといって許されるわけではない」とおっしゃって。一流のアーティストの方たちを見ると、誠意を見せたり相手を尊敬したりする場合は、しっかりとTPOをわきまえて礼儀正しく振る舞うし、ちゃんとコミュニケーションも取れる。そういう姿勢が、まず私にはありませんでした。

今日も私、素足に草履で、いつもこんな感じなんですけど、たとえばきちんとした場所に行くときはきちんとした靴をはきます。そういう場面がいつ訪れても大丈夫なように、いつもカバンには普通の靴が入っているんですよ。高橋さんには、そうした“人としての基本”から改められましたね。

――目標に近づくため、前向きに自分自身を変えていこうと努力されてきたことが伝わってきます!

それは、銅版画との決別についても言えるかもしれません。26歳のときにニューヨークへ行く機会があり、その際にギャラリーをまわって作品を持ち込んだのですが、どこも門前払いで。見てもらえたとしても、「版画しかないから話にならない」と言われたんです。そのときに初めて、世界では一点ものの絵画が求められ、枚数を刷れる版画との評価に大きな差があるということがわかりました。

つまり、世界で認められたいのであれば、大きな一点ものの作品を描くことがすごく重要で。それからポートフォリオを見直し、一点ものの制作に打ち込むようになりました。

――まさにカルチャーショックという感じだったのですね。

はい。そのときに、版画から一点ものへ進む覚悟を決める意味で、『四十九日』の原版にハサミを入れて切断しました。当初「気持ちが悪い」と言われ続けた『四十九日』が認められたことはうれしかったのですが、いつもスリスリと頬ずりして大切にしすぎて、それが私を停滞させていたということに気づいたんです。

切り終わったときはちょっと悲しかったですけれど、「よし、次、行こう!」と気持ちを切り替えました。切った版は棺桶みたいなのに入れて安置しています。成仏してください、という思いで。

――そうした覚悟があるから、次に進む力を持てるし、作風も広がっていくんですね。

モノクロ主体の作品から、色をたくさん使ったものを描くようになったのにも、きっかけがあるんです。ニューヨークでの衝撃から1年後、出雲大社さんを正式参拝したときの話なのですが、空に立ちのぼった雲が割れて、光が差してきたんです。普通、光というものは、天から地にふり注ぎますよね? でも、そのときは、光が地面から天にあがって雲が割れたように私には見えたんです。

それはまるで、たくさんの人の純粋な祈りが出雲に集まって、天にのぼっていくかのようでした。しかも祈りの込められたその光の帯が、私には虹に見えたんです。聖書の世界でも、神様と人間が約束を交わしたりする場面で、虹が描かれていたりするじゃないですか。それと同じだ、と。その瞬間、「やっぱり色を使わなきゃだめだ!」と感じました。

内なる目と魂で感じる神獣を、ありのままに表現しているだけ

出典: 小松美羽『世界のなかで自分の役割を見つけること』 ダイヤモンド社 出雲大社に奉納された『新・風土記』
出典: 小松美羽『世界のなかで自分の役割を見つけること』 ダイヤモンド社 イギリスの大英博物館が所蔵する『天地の守護獣』

そうして、出雲大社に奉納された『新・風土記』が生まれ、イギリスの大英博物館に『天地の守護獣』が所蔵されるなど、活躍は国内外に広がっていきました。

――ちなみに、いつも制作はどのように進めているんですか?

だいたい朝起きて、ちょっと瞑想してから「よし、やるか」と。今は大小5~6枚の絵を同時進行で描いています。展覧会のメインとなるような大きい作品だと全身を使って描かなければならないため、けっこう負担も大きくて。だから、小さい作品と交互に制作するようにしていますね。

あと、実は絵の具の下にいつもチョコレートを忍ばせてありまして。今は、絵の具の上にグミとかも載ってます(笑)。作品と作品の間にそれらをむしゃむしゃと食べながら、次はどうしようかなと考える。で、また作品に向かい合う、という繰り返しです。

――小松さんが作品をつくる上で、一番大切にしていることは何ですか?

私は自分の内側から神獣たちのイメージをつくりだしているわけではなくて、内なる目と魂で感じる神獣を、ありのままに表現しているだけなんです。それに、神獣たちって世界中にいるんですよ。日本には狛犬がいますが、中国には獅子がいて、エジプトにはスフィンクスがいます。人間が宗教を身近に感じられるそうした存在が、国を超えて地球に散りばめられているんです。

そんな神獣の世界を、自分の絵を通じて多くの人に見てほしいんです。もっといえば、そのさらに奥にある、絵には描かれていない神々の世界を知ってもらいたい。私のやっていることは、自分の中では「“神獣のルネッサンス”を興そう」というようなイメージ。古代からずっと存在している大切なものを見つけ出し、絵という形にして今を生きている人たちに紹介したいんです。私の役割は、神獣と人をつなげることだと思っています。

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