出典: UN by Martine Perret
ボーダレスな女たち

タイ、東ティモール、フランス。世界を渡り自由を表現する小説家

SPECIAL HOLICS編集部 2019.3.15

「海外」と「お金」をテーマに、海外へ飛び出しチャンスをつかんできた先輩たちに、30代女子を代表して斉藤アリスが質問する連載。第6回目は、小説『うつくしい繭』の作者・櫻木みわさん。子供時代からの夢だった作家デビューを果たした櫻木さん、一体どんな半生を歩んでこられたのでしょうか?

—え! 急展開!! 東ティモールでは仕事をしていましたか?

いいえ、当時の東ティモールのように、平和構築のための国連ミッションが駐屯している国で、私のような何の技術も経験もない日本人ができる仕事はほとんどありません。現地で働いていた外国人は、日本人も含め、国連や大使館関係者、国際協力や医療分野の専門職の方たちばかりでした。2008年2月には大統領が狙撃されて非常事態宣言が出され、出歩くのがむずかしくなった時期もありました。普段の生活でも、言語が分断されていることもあり、私は地元の人たちと少ししか交流ができなくて。それがもどかしかったです。

—言語が分断ってどういうことですか?

東ティモールは長い間ポルトガルの植民地でしたが、1976年からは30年近くインドネシアに占領されました。そのため、いま成人している大人の多くは、インドネシア語を話します。しかし2002年の独立後は、ポルトガル語が公用語になり、子どもたちはポルトガル語を勉強しています。いまはちょうど移行期というか、どちらかだけを習得しても、全員と話すのはむずかしいのです。

少子化の日本とは真逆で、東ティモールは出生率が高く、人口の半分が19歳以下。いたるところで子どもが遊ぶ

—大人と子どもはどうやって会話しているんですか?

もうひとつの公用語で地元の言葉でもある、テトゥン語で話しています。ただ、テトゥン語は首都のディリでは通じるのですが、ほかの地方では通じないところもある。そこにはまた、ローカルな別の言語があるのです。仕事もなく、言葉もできないので、現地の人たちとコミットしたくてもなかなかできない。そのことを悲しく思っていました。

—限られたコミュニティーの中で暮らさざるを得なかったんですね。

はい。だけどいつかこの国のことを小説に書きたいと思って、日々メモを取ったり写真を撮ったりしていました。婚約者に頼んで、首都から車で半日以上かかる村に連れて行ってもらい、小さなクリニックで働いている日本人女性を訪ねたこともありました。

—小説のなかに出てきますよね。女医のミチコ?

はい。その方は医者ではないのですが、モデルにしています。タイや東ティモール、南インドで出会った、自分が感銘を受けた人たちが、いろんなかたちで小説のなかに出てきます。

辺境のクリニックを訪ねたときに出会った男性。子どもの頃旧日本軍に食事を運んでいたので、日本の唱歌を歌える

34歳で再出発。幸せな生活を捨てて独り身に。

—東ティモールには何年いたんですか?

ほかの国と行ったり来たりしながら、3年くらいです。その後、彼が東京に赴任になったので、フランスで結婚式を挙げてから、日本に帰国しました。彼は本当に素晴らしい人で、いまも感謝しかありません。いろんなことを教えてもらったし、小説を書きたいという私の希望も尊重してくれました。経済的にも文化的にも、自分はとても恵まれていたと思います。それなのに小説が書けなくて。家を出てしまいました。

—え!! どういうこと!?


小説を書けなくなったのは自分が甘えているからだ、このままではいけないと思いつめてしまって。自分が未熟だったと思います。新聞社の非正規の仕事を見つけ、当時住んでいた南麻布の家を出て、東京郊外のもと町工場のシェアハウスに引っ越しました。

—すごい決断! 再出発したんですね。

はい。ひとりになったらすごく大変だったので、ちょっと後悔しました。その後、2016年に五反田のゲンロンカフェで始まった「ゲンロン 大森望 SF創作講座」に通いはじめました。翻訳家で批評家の大森望さんが主任講師をされている約1年間のスクールで、毎月、第一線で活躍している作家と編集者の方が講師としていらっしゃいます。受講生は先生から出されたテーマに沿って、梗概(あらすじ)を作って提出します。そこで選ばれた3人が実際に小説を書いて、翌月に講評してもらえるというシステムです。

講座を受講した「ゲンロンカフェ」での出版記念イベント。左から主任講師の大森望さん、作家の新井素子さん、櫻木さん、受講仲間で作家の名倉編さん

—厳しい! ほとんどの人は書くことすらできないんですね。

そうなんです。正確には、書くことはできるのですが、正式な権利は選ばれた人にだけ与えられる感じですね。私はずっと選ばれなくて、やっと選出されて書いた作品はラストが尻切れとんぼになってしまい、さんざんな結果でした。けれど、そのときに講師でいらしていた作家の法月綸太郎さんと講談社の編集者の都丸尚史さんが、これはよいものになるかもしれない、といってくださって。その言葉に励まされ、提出作を突きつめて改稿したものが、表題作の「うつくしい繭」というお話になりました。

—こんな小説が書きたい、というのはありますか?

自由に生きていくにはどうしたらいいかな? と、いつも考えています。自分も本を読むことで自由になれたので、そういう本が書きたいです。

—自由になるってどんな意味で?

人は同時代の政治や価値観、周囲の環境や自分自身の身体から完全に自由であることはできません。けれど、本を読むことで、こことは違う場所、全く異なる世界やものの見方を知ることはできます。私は本屋も図書館も映画館もない福岡の山で子ども時代を過ごしましたが、父が町に出たときに買ってきてくれる本を通して、山の中にも外にも多様な世界があること、自分はこれからいろんなことを学んですてきな人になることもできるんだ、と考えることができました。そんなふうに、読む人が自由な気持ちになれるものを書いていけたらいいなと思います。

ひとつひとつ言葉をていねいに選んで話してくれた櫻木さん

櫻木さんとの対談を終えて…

人生ではじめての作家さんインタビュー、とっても緊張しました。ひとつひとつの言葉をていねいに選びながら話す姿に、櫻木さんが言葉や文字を大切にされているのがひしひしと伝わってきました。書籍『うつくしい繭』も読ませていただいたのですが、出てくる食べ物の描写がとっても美味しそう〜。私もアジア旅したくなっちゃいました!

櫻木みわ 作家

福岡県生まれ。大学卒業後、タイの現地出版社に勤務。日本語フリーペーパーの編集長を務める。その後、東ティモールやフランスなどに滞在し、帰国。2016年、「ゲンロン 大森望 SF創作講座」を受講。第1回ゲンロンSF新人賞の最終候補に選出され、本作でデビュー。

うつくしい繭 講談社 ¥1600
斉藤アリス モデル・ライター

ロンドン生まれ、愛知県育ち。オーストリア人の父と日本人の母を持つ。明治大学農学部を卒業後、ロンドンの美術大学院にてジャーナリズムを専攻し修士号を取得。現在モデルとして活動しながら、ライターとして「Hanako」、「i-VoCE」などで執筆活動も。また、世界のカフェを巡るカフェマニアで「食べロググルメ著名人」としても活躍中。著書に世界10カ国107軒を訪れてまとめた書籍『斉藤アリスのときめきカフェ巡り』。

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