好きを仕事につなげたひと

THE Dallas田中文江さんを突き動かす究極の仕事愛とは

SPECIAL 2018.6.15

一過性の流行りに捉われず、"自分スタイル”を確立する大人の女性から圧倒的な支持を得るファッションブランド「THE Dallas(ザ・ダラス)」。今回登場するのは、デザイナー田中文江(たなか・ふみえ)さん。「もしかすると働きすぎて明日死んじゃってるかもしれない。でも、それでもいいかな」と笑う彼女は正真正銘のファッションホリック。そんな田中さん流究極のお仕事論とは?

  • facebook
  • twitter

「お客さまとお会いする機会がなかったら、とっくにブランドをやめていたんじゃないかって思います」

流行に捉われず、誰に媚びることなく、ありのままの自分を受け入れている女性。「THE Dallas(ザ・ダラス)」は、そんな自立した大人のためのアパレルブランド。2016年A/Wシーズンにデビュー。モードなエッセンスの効いたエッジィなラインナップは、おしゃれ感度の高い女性たちの間で瞬く間に話題のブランドに。その火付け役となったのが、ヴィンテージパーツを使ったイヤリング。身につけるだけでパッと垢抜けるハイセンスなイヤリングは、すべてデザイナーによりひとつひとつハンドワークで作られたもの。

デザイナーは田中文江さん。大阪モード学園卒業後、ファッションデザイナーとしてキャリアをスタートしてから22年、2児の母となった今もなお不眠不休で走り続けています。

「今いちばん欲しいものは?」の問いに「睡眠」と答えた田中さんの平均睡眠時間は3〜4時間。ひどい時期は1時間という日もあったと言います。なぜ寝る間を惜しんでまで没頭できるのか。彼女を突き動かす原動力は一体何なのか。

「もしかすると働きすぎて明日死んじゃってるかもしれない。でも、それでもいいかな」と笑う、大胆不敵な彼女のファッションホリックな人生とは?

小学生の頃の夢は「デザイナーになって自分の店を持つこと!」

ーー幼少期の田中さんは、どんな女の子でしたか?

リカちゃん人形が大好きで、自分の靴下で人形に着せる服を作って遊んでいました。裁縫が得意な母の影響でしょうか。小学生の頃は、すごく簡単なものだけど自分ではくスカートを作ったりも。

ーーファッションに目覚めたのもその頃でしょうか。

そうですね。小学校の卒業ビデオでは、「将来の夢はファッションデザイナーになって自分の店を持つこと!」と言っていましたから。

あと中学生の頃に愛読していた「JUNIE(ジュニー)」という雑誌で、付属ハガキにデザイン画を描いて送ると、次号でそのデザイン画に近い服を着たモデルが登場するという企画があったんですよ。毎月欠かさず応募していたら、一度と言わず何度も採用していただいて......次第にJUNIE編集部の方から「次はギンガムチェックの服を考えて欲しい」と依頼されるようになったんです。私が考える服やスタイリングが誌面になることが、とにかく刺激的で楽しくてたまりませんでした。なにしろ、学校から帰ると山にタケノコを掘りに行くような、ファッションとは縁遠い田舎に暮らしていましたからね(笑)。

ーー高校は服飾系へ進まれたのでしょうか?

いいえ、昔から絵を描くのが好きで、デッサン画をもっと上手に描けるようになりたいという思いから、地元(大分)にある美術系の大分県立文化短期大学附属緑ヶ丘高等学校へ進みました。そこは音楽と美術を専門とした学校で、県立なのですが大学までエスカレーター式に進めるので人気があったんです。地方からも多くの志望者が集まるところだったので倍率が高い難関校で。なので、受験シーズンより前から、毎日美術室にこもってひたすらデッサンを描き続けました。その甲斐あって、無事入学することができたんです。

ーーということは、高校の3年間は絵に没頭されたんですね。

そうですね。毎日ほぼ1日中絵を描いたり、彫刻や日本画を学んだり。でも、ファッションデザイナーになる夢は変わっていませんでした。成績は常に上位だったので、誰もが美大へ進むと思っていたでしょうね。付属の美大もあるし、東京芸術大学や武蔵野美術大学へ進む人もいる学校でしたから、服飾系へ進みたいと先生に伝えたときは、かなり驚かれましたね。

ーー卒業後は、どちらの服飾専門学校へ?

大阪モード学園へ入学しました。母からは「学費は出してあげるけど、それ以外は自分一人の力でやってみなさい」と言われ仕送りはゼロ。放課後は居酒屋のアルバイトに明け暮れる日々でした。

ーーお金がない中、どのようにしておしゃれを楽しんでいたのでしょう?

古着か、あとは自分で作っていましたね。学校でゴミ箱に捨てられた布を拾ってこっそり持って帰ったりして(笑)。

ふと鏡に写った自分を見て思ったんです。「やっぱり私がいるのはここじゃない!」って

いつもアクセサリーを作っているという田中さんのアトリエ。何年もかけ少しずつ集められたヴィンテージパーツがたくさん。

レザーのリーフが連なったイヤリング。インパクトたっぷりなビッグサイズは「THE Dallas」ならでは。イヤリング各¥23000

ーー卒業後、就職はどちらへ?

在学中にアルバイトをしていた「ワールド」へ就職しました。配属された部署は、ミセス世代に向けた高級ブランド。入社してしばらくはひたすら雑務でしたね。私よりはるかに年上の先輩方のもとで、アパレルの仕事はもちろん社会人としての基礎も学ばせてもらいました。

ーーデザイン画を描くチャンスがめぐってきたのはいつ?

わりと早い段階で、デザイン画を出す機会は与えてもらいました。先輩デザイナーたちの描いたデザイン画と一緒に、デスクにずらっと並べてみんなで選ぶのですが、提出前は毎日徹夜で何十枚と描きましたね。

ーー高校時代にしっかり絵の勉強をされた田中さんのデザイン画は、高評価だったのでは?

他の人は洋服だけしか描いていないところを、私はトータルコーディネートとして靴やバッグ、アクセなど小物まで描いていたんですね。頭からつま先まで、どんな風にその服を着たいのか、イメージを膨らませて描いていたので、その点はとくに褒めてもらえましたね。

それから1年半くらい経って、まずは小物ライン、その後Tシャツ、デニムといったカジュアルラインのデザインを任せてもらえることに。24歳の頃でしたね。

ーーその若さでデザインを任されるのは、異例のことだったのでは?

そうだったと思います。周りの先輩方もみんな驚いていました。年4回自分がデザインした服をプレゼンする機会があるのですが、大先輩の営業さんたちを前に、吐き気がするほど緊張したのを覚えています。いくらデザイン画が描けても、それを人に伝えるプレゼン能力がないと意味がない。デザイナーの先輩たちのプレゼンの様子を見ながらノートに必死でメモし、自宅でひたすら研究しましたね。あと、服を売ってくれる営業さんとの仕事では、「誰にも負けない」という自信とプライドを持ちつつも、謙虚であることの大切さを学びました。

そんな毎日は、やりがいもあって楽しかったのですが、次第に東京へ出たいという思いが強まってきたんです。

ーーそれはなぜ?

今まで頑張ってきたことを次に活かしたい、東京でチャレンジしてみたいと思ったんです。あと、そのブランドの服は、ジャケットで7〜10万円クラス。当時24歳だった私が実際に着られる服ではなかったですし、せっかく作るなら「自分が本当に着たい服がいい」という気持ちもあり、社内公募で東京支社への異動を希望しました。

「高校時代、エンジニアブーツが流行ったとき母に買ってもらった思い出深いもの。20年以上経った今も捨てずに大切にしています」

ーー東京での生活はどんな毎日でしたか?

次に配属されたのはスーツブランドでした。自分が着たい服ではなかったのですが、その思いよりも、ひとまず東京へ行くことを優先させました。

神戸にいるときはミセスブランドだったので、会社へ行く服装も白シャツにタイトスカートといったコンサバな出で立ちだったのですが、「本当の私はこんなのじゃない!」といきなりポンッとはじけたんです。ちょうど仕事帰りにクラブに行ったり飲みに行ったりと遊びも覚えた頃で、毛先をクルンと巻いた髪もやめ、ドレッドヘアやブレイズヘアにしちゃったり(笑)。

ーーそのヘアスタイルで会社に?

そう、浮いていたと思います。だって、私がいる部署はスーツブランドですからね(笑)。ある日、スーツを着たブレイズヘアの私がふと鏡に映ったのを見て、「やっぱり私がいるのはここじゃない!」と再確認。本当に自分らしい服が作れるところへ行こうと「And A(アンドエー)」に転職したんです。

ーー2000年くらいですよね。「And A」がいちばん盛り上がっていた頃じゃないでしょうか。

当時、私はデザイナーとして小物や雑貨を担当していたのですが、発売と同時にものすごい勢いで売れたんです。例えば、耳に引っ掛けるタイプの「イヤーフック」なんて、まだ世に出ていないときに「イヤーフック」という名前をつけて販売したら、それが大ヒットし、そこから一気に「イヤーフック」という名前がスタンダードになったんですよね。

ーーほかに記憶に残るヒットアイテムはありますか?

レザーにパンチングで穴を開けた筒型のバッグも売れましたね。未だに「まだ使ってます!」とか「学生時代に愛用してました!」なんて言われることもあるくらい。

まだ無名だった覆面芸術家のバンクシーや、「スペースインベーダー」とのコラボも思い出深いですね。ヒット商品をたくさん生み出し、六畳一間だった事務所がどんどん大きくなっていく様子を肌で体感できたことはとても貴重な体験でした。

  • page 1 of 3
  • 1
  • 3

HOLICS編集部

ACCESS RANKINGアクセスランキング

LATEST TOPICS最新記事

FEATURE特集記事まとめ

RECOMMENDHOLICS編集部からのおすすめ

これいいと思ったらシェアしよう

HOLICS公式Facebookページ

HOLICS ORIGINALSオリジナル特集記事まとめ

ACCESS RANKINGアクセスランキング

SPECIALスペシャル

TOTALすべての記事