わたしの偏愛ストーリー

すべては心を鍛えるため。美尻トレーナー岡部友さんの筋トレ愛♡

SPECIAL 2018.6.5

いまボディメイク界では、ぷりっとしたボリュームのある丸いお尻を目指す女性が急増中! そう、細ければいいなんて時代は終わり、健康的で女らしいボディが美しいとされています。今回は、そんな“美尻ブーム”の火付け役とも言えるパーソナルトレーナーの岡部友(おかべ・とも)さんが登場。アツい男気に間違いなく惚れてしまいそうな熱血インタ–ビューをお届けします。

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「お客さんが抱えるコンプレックスの根元を探り、250%ポジティブな心でその原因を解決します」

お客さんとトレーナーがマンツーマンでトレーニングを行うパーソナルトレーニング。ここ数年でぐっと耳にする機会が増えました。理想のボディをつくるために、女性がトレーニングジムに通うのが常識になる時代がもうすぐそこまできています。 

そんな中、いま最も注目されているのが女性専門のパーソナルトレーナー岡部友さん。彼女が考案する美尻メソッドの人気っぷりは、ボディメイク界を揺るがす勢い! では、なぜそんなに人気が集中しているのか? それは、美尻メソッドが効果的なのは言うまでもなく、トレーナー岡部さんの唯一無二の“筋トレ愛”にありました。 

「お客さんが抱えるコンプレックスの根元を探り、250%ポジティブな心でその原因を解決する」という、文字通りパーソナルな部分にまで突っ込んだ独自のトレーニング法。はっきりいって、巷にあふれている"パーソナルトレーニング”とはひと味もふた味も、いやいや次元が違う? そんな岡部さんの愛と情熱に満ちた男気あふれる素顔に迫ります。

運動一家に生まれたので、スポーツ系の道へ進むことはごく自然な流れでした

全国のゴールドジムを行脚中、グループレッスンの指導をしたとき。

ーートレーニングジム「SPICE UP FITNESS」の経営、雑誌やテレビへの出演、そして5月25日には2冊目の書籍「筋トレが折れない私をつくる!」(宝島社刊)を出版されるなど、美尻トレーナーとして目覚ましいご活躍ぶりですね。 

ありがとうございます。 

スポーツは幼い頃から好きでしたが、自分が女性向けのトレーナーになるなんて、全く想像すらしていなかったんですけどね。 

ーーというのは? 

もともとはスポーツトレーナーになりたくて、それをもっと突きつめてスポーツドクターになりたいと思っていた時期もありました。 

——ご自身がスポーツを始めたのはいつでしょうか? 

3歳のときに水泳を始めました。学生時代に父はラグビーを、母はソフトボール、兄はバスケットをしていて、祖父は教育大学で体育の教授。そんな運動一家に生まれたので、スポーツ系の道へ進むことはごく自然な流れでしたね。 

ーーその後もずっと水泳を? 

そうですね。でも、陸上部の顧問もしていた小学4年生のときの担任の先生が私の走りを見て「陸上教室をやるから来い」と。すぐに生徒として通うことになり、はじめて出た大会で1位を取ったんですよね。それから、中学、高校に進んでも陸上ひと筋でした。 

ーーその後フロリダ大学へ入るわけですが、簡単なことではないですよね。 

そうですね、私の場合は英語が全く話せなかったので、まずは英語の勉強からでした。渡米後はすぐに語学学校へ通うことに。はじめの3ヵ月は兄も同じフロリダ大学に通っていて一緒に住んでいましたが、兄が帰国してからはアメリカ人のルームメイトと暮らすことになり、日本語をまったく使わない環境に変わりました。1年生のうちは授業についていくことに必死で、とにかく勉強漬けでしたね。

フロリダ州立大学を卒業したとき。

ーー美尻トレーナーへ進むきっかけとなったのは? 

パフォーマンスの効率化を図ることが好きだったので、学生時代はスポーツトレーナーになりたいと思っていました。 

でも、あるときその思いを変える出来事があったんです。大学3年の頃、成人式に出るために一時帰国したんですね。そして街中を歩く女子たちを見て違和感を抱いたんです。全員がメイクも髪型も一緒でみんな同じに見えることに! みんながこぞってモテ枠に入ろうとしているというか。「可愛い〜♡」だけで5分くらいの会話が成立しちゃうみたいな。みんながなんとなく無理をして周りに合わせているように見え、生きにくそうに感じました。 

みんなふんわりとした服を着て、とにかく体型を隠していて。そんな彼女たちが、自分の身体と向き合い、そのために努力をしてトレーニングで鍛えれば、それが自信になると思ったんです。

ーそんな思いを抱えたままアメリカへ戻り、どんな行動を起こしたのでしょう? 

まず、スポーツ科学部からフィットネス科学部へ学部変更し、フィットネスにまつわる心理学や運動生理学などを中心に学びました。 
 
ーー岡部さんは、ご自身の体型にコンプレックスはあったのでしょうか。 

もともと水泳と陸上をやっていた私の体型は、女性らしいラインではなく、筋肉質で下半身ががっちりとしたタイプでした。渡米してから身体を改造しようとしましたが、もともと大きくしたくない筋肉が発達していたことが原因だったので、ただ減量することや筋肉をつけることでは解決できなかったんです。そこで、ボディメイクの研究が必要でした。

その結果“自分を変えられた”という自信が成功体験につながり、そのことをみんなにも知ってほしいと思ったんです。

23歳の頃からやりたいことも変わっていなければ、やりたいことへの熱はどんどん高まっていくばかりです

ーー帰国後の仕事先は? 

当時、女性専門のトレーニングジムはそこまで多くなかったので、どんなジムの形態が日本に合うのかを勉強し、自宅マンションの一室に器具をおいて1対1の完全プライベートな空間でトレーニングができるジムを作りました。当時23歳でしたね。 

ーー運営や集客などすべてお一人でされたのでしょうか? 

自身のブログや「Womans'SHAPE&Sports(ウーマンズ・シェイプ&スポーツ)」という女性のためのトレーニング雑誌がはじまりでした。その雑誌に出ることになったきっかけを作ってくれたのが、ゴールドジムの手塚社長だったんです。 

ーーゴールドジムの手塚社長との出会いは? 

「スポルテック」というフィットネスの大規模な展示会があるのですが、そこで、たまたま手塚社長にご挨拶をさせていただく機会があったんです。その場で少し立ち話をしたら、とても熱い方で。その人柄に惹かれて、後日メールをしたんですね。 

「もっと多くの女性がジムに通うことが当たり前の世の中を作りたい。ゴールドジムに男性が集まるように、そんな環境を私も女性に提供したい!」と。 そしたらなんと後日、社長自ら私のポンコツスタジオに脚を運んでくれたのです。めちゃくちゃお忙しいはずなのに時間を作ってくれ、私がセッションをしているところを見学してくださったんです。 

ーーなんて素敵な方なんでしょう! 

本当に。まだ23歳の小娘が言うことを信じてくれる力に感動しました。そして、「正直なところ、半分くらいはトレーニングといいつつヨガやピラティスのようなものだと思っていた。だけど、あまりに本格的なトレーニングをやっていたからビックリした」と言っていただけました。しかも、「ぜひ『Womans'SHAPE&Sports』に出てくれないか」と声をかけてくださって。それから何度か雑誌に掲載してもらえるようになり、トレーナーとしてセミナーなどに呼んでいただく機会も増え、それと同時にお客さんの数も増えていきました。 

23歳の頃からやりたいことも変わっていなければ、当時からあるやりたいことへの熱はどんどん高まっていくばかりです。そして、社長との出会いがなければこうして伝えることもできなかったと思うと、感謝してもしきれません。社長がくれたチャンスを次の世代にしっかりと恩返しできるように、チャンスを与えられる側の人間に絶対になろうといつも思っています。

「筋トレが折れない私をつくる!」パーソナルトレーナー岡部友著 1380円(税抜)宝島社

5月25日に発売されたばかりの書籍。トレーニングのプロセスを教えるものではありません。トレーニングに対する考え方や流行りのダイエット方法の真偽、これからの女性の生き方や男女関係など、普段私が考えていることを綴ったマインド本です。

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