好きを仕事につなげたひと

3足の草鞋生活からフードデザイナーへ。須賀いづみさんの直感力

SPECIAL 2018.2.10

ヘルシー&おしゃれなレシピや、海外の世界観を取り入れたテーブルコーディネートが大人気の須賀いづみさん。美容部員を経験後、料理教室のアシスタントに事務仕事、フードライターも並行しながら、フードデザイナーに転身。「あえて目標を掲げないのが私流」と話す須賀さんが、好きを仕事につなげた秘訣とは?

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美容から食へ!何足もの草鞋を履きながら掴んだフードデザイナーという夢

以前、“わたしの偏愛ストーリー”にて「ピカール愛」について熱く語ってくださったフードデザイナー須賀いづみさん。

10代からの憧れだったという美容業界から、フードデザイナーという別世界に飛び込んだ須賀さん。随分と思い切った転職と思いお話を聞くと、美容部員を辞めて「これからどうしよう?」と考えたとき、心の奥に眠っていた料理やライフスタイルへの興味が、どんどん募ってきたといいます。

平日は事務職のバイト、週末は料理教室のアシスタント、夜な夜なレシピを作ってはコラムを書いて……と、何足もの草鞋を履きながら、寝る間も惜しんで料理を追求し、そして念願の独立。今、スタート地点に立った彼女のこれからとは?

「ピカール愛」について語ってくださったインタビューはこちら!

キラキラした世界に憧れて、専門学校卒業後は美容の道へ

「家で作る料理は、ヘルシーでシンプルに、定番和食が多いです」

ーーもともとは美容部員として百貨店の店頭に立たれていたんですよね。

そうなんです。高校生の頃、ファッションやメイクなど華やかな世界にずっと憧れていて、将来は必ず美容の道に進もうと決めていました。卒業後は、地元・北海道の美容専門学校へ進み、当時いちばん興味のあったメイク科を専攻しました。

ーー専門学校を卒業後は美容部員に?

はい。某外資系のコスメメーカーに就職しました。そこで5年間ほど販売部員をしていたのですが、化粧品を扱うこともお客さまと話すことも楽しくて、とても充実した毎日でした。入社時から異動もなくずっと同じ百貨店にいたのもあり、顧客の方がついてくださったのもやり甲斐につながりましたし。

でも、入社時から、5年頑張ったら次のステージへ行くという区切りをつけていたんです。それと、もっともっと結果を出したい、そして出した分だけ稼ぎたいと思って(笑)。そうと決めたらいてもたってもいられなくなって、次の就職先を決めないまま、辞めちゃいました。

進むべき道が分からず、モヤモヤとした時期が1年くらい続きました

「上京時、まったく料理ができなかった私に母が持たせてくれた料理本。右のレシピ帳は母の手作り。今でも、たまに見返して作ることも」

ーー当時はひとり暮らし......思い切った選択でしたね(笑)。退職後は?

有休を使い、自分探しのためニューヨークに渡り1ヵ月ほど滞在しました。何かやりたいことが見つけられると思ったんですよね。でも、人生そんなに甘くない。何もないんですよ、得たものは(笑)。帰国してからは当然のようにお給料も入ってこないし、徐々に焦りはじめて事務のバイトをはじめたんです。その傍ら何かやりたい仕事を模索してみたのですが、当時のスキルだと販売員とか美容関係の今までと同じような仕事しか見つからなくて。進むべき道が分からずモヤモヤとした時期が1年くらい続きました。

ーーその後、どのようなきっかけで料理の世界へ足を踏み入れることになったのでしょう?

バイトをしていたものの、美容部員時代に比べるととにかく暇で(笑)。このとき、料理研究家の高木ゑみさんのブログを愛読していたんですが、ある日、アシスタントを募集されている記事を見つけて。こんなに時間があるんだったら、彼女のもとで勉強させてもらおうと思い応募。運良く雇ってもらえることになったんです。

ーーその頃から料理に興味があったんですね。

そうですね。食べるのが大好きでだったので、レシピを作ってはクックパッドに投稿していました。

「料理家の有元葉子さんと土井善晴さんの本は私のバイブルです!」

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