ボーダレスな女たち

美しい海を守りたい!故郷への愛が形になったサンゴに優しい日焼け止め

SPECIAL HOLICS編集部 2019.6.5

「海外」と「お金」をテーマに、海外へ飛び出しチャンスをつかんできた先輩たちに、30代女子を代表して斉藤アリスが質問する連載。第8回目のゲストは、沖縄で「サンゴに優しい日焼け止め」を開発するジーエルイー代表の呉屋由希乃さん。故郷の沖縄の海を守るため立ち上がった呉屋さんの活動とこれからについてお話を伺いました。

「苦労するって分かっているのにやりたいことは覚悟があればできる。だって覚悟があれば辞めないでしょ。辞めないってことは明日にはまた別のチャンスが待っているから」

呉屋さんと斉藤アリス

そう話すのは、ジーエルイー代表の呉屋由希乃さん。呉屋さんは、今世界のビーチで問題になっているサンゴの白化現象に注目し、サンゴを守る活動を行っています。ハワイでは2021年からサンゴに有害な化学物質含む日焼け止めの販売が禁止されることが決まったばかりですが、沖縄を含む日本国内では2019年現在、法的対策はまだありません。そこで今回は、人生をかけて美しい海や環境を守る取り組みを行っている、呉屋さんのソーシャルビジネスに迫ります!

19歳で内地に進出してから今日まで

28歳でNYから帰国。ダイバーの言葉にグサッ!

沖縄で生まれ育った呉屋さんは、21歳で夜の東京の街へ。以来、様々なクラブの人気イベントを企画、運営してきた。その後25歳でNYへ渡り結婚。サンゴの活動をはじめたのは35歳のときだった。

35歳のある日、シュノーケリングをする前に日焼け止め塗っていたら、突然ダイバーさんに「あ〜ぁ。サンゴ死んじゃうよ」って言われたんです。

—うんうん。

「はぁ? 何言ってるの?」と思いながら海に入ったんですけど、ずっと頭からその言葉が離れなくて…。結局その日はシュノーケリングを全然楽しめませんでした。

—ダイバーさんの一言が響いたんですね。

家に帰ってネットで調べたら、サンゴについてたくさんの情報が出てきて驚きました。10年前の記事もあって「そんな昔からなの?」と。

沖縄のさんご畑にて

—10年も前からだったんですね。

当時なんのステータスも持っていない私が誇れるのって、生まれ育った沖縄の海くらいでした。内地の子と友達になって、海に連れて行くとすごく感動してくれて。でもNYから帰ってきたとき、魚もサンゴもすごく少なくなっていて。その代わりに、観光客が10倍も20倍も増えていたの。

—呉屋さんの知っている海じゃなくなっていたんですね。海外のビーチでは、対策をとっているところもあるんですか?

はい。当時からハワイでは日焼け止めの使用について条例をつくるという話が出ていたり、メキシコのプライベートビーチでも日焼け止めの指定があったりと沖縄とは雲泥の差です。

那覇市・波之上うみそら公園

37歳で日焼け止め完成!が、全く売れず......(涙)

—まず何からスタートしたんですか?

クラウドファンディング(群衆〈crowd〉と資金調達〈funding〉を組み合わせた造語で、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うこと。)「ファーボ」を始めました。というのも、まずはこの問題を周知することが最優先事項だと思ったからです。私の目的は商品を売ってお金儲けをすることではなく、サンゴの大事さを知ってもらうことなので。

—目標金額は?

300万円。最終的には354万円が集まりましたが、これを集めるのにすごく苦労しました。

クラウドファンディングのイベントにて

—何がそんなに大変だったんですか?

そもそも知らない方は絶対にお金をいれてくれないんですよ。98%は顔のわかる人です。

—地元のダイビングショップとか?

いやいやいや。ダイビングショップは片手で数えるくらいしかないです。多くは友達や、ライフスタイル系の雑貨屋さん。完成した商品を持っていっても、ダイビングスクールやホテルにはほとんど相手にされないのが現実でした。


—え! 海がないと一番困る人たちなのに...。

そうなんですよ......。でも幸いメディア受けはよかったので、メディアにたくさん出て認知度を高めることにしました。その甲斐あって、2018年12月に生物多様性アクション大賞で審査員賞をもらうことができたんです。

サンゴに優しい日焼け止め
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