全資金ロストからのメルボルン起業20年!自然療法士・松本ナミさん

SPECIAL 2018.12.7

「海外」と「お金」をテーマに、海外へ飛び出しビジネスチャンスをつかんできた先輩たちに、30代女子を代表して斉藤アリスが質問する人気連載。第4回目は、メルボルンを拠点にナチュロパス(自然療法士)の第一人者として活躍するAlinga Organics代表の松本ナミさん。今年で海外生活20年の節目を迎え、海外留学から起業、独立まで駆け抜けてきたその半生を振り返ります。

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「NO」と言えない日本人。気がつけば全資金LOST。

「会社をスタートして2年後、共同経営者が商品のストックとお金を全部もって逃げちゃったの。当時の私は人に『NO』というのがすごく苦手で…。まさに、NOと言えない日本人でした。人にズケズケ入ってこられたとき、断れずにやりたくないことをやってしまうのはダメ。自己肯定感をもって『NO!』と言えるようにならなきゃ。自分を喜ばすことを一番に考えなきゃ。だって自分とは一生付き合っていくわけだし、最終的に頼りになるのは自分しかいないじゃん?」

松本ナミさんと斉藤アリス

26歳でオーストラリアへ留学したナミさん。今から約20年前、現地で自然療法の分野を学ぶアジア人はおろか、専門大学への編入を認められたのは豪州の市民権、永住権を持つ者だけだった。そんな時代に現地の大学を卒業し、31歳で現地就職、38歳で起業。そして順調だった2年目、ビジネスパートナーが全資金と共に消えた…。その時ナミさんのとった驚きのポジティブ行動とは?道なき道を切り開いてきた彼女の20年に迫ります。

26歳で脱サラ。5年間の海外留学へ。

—初めてオーストラリアを訪れたのは?

23歳の時です。短大を卒業後、一般企業の事務職に就職して2年間働いたのち、1年のワーキングホリデーへ行きました。当時OLをしながら通っていたアロマセラピーの学校で、オーストラリアのブッシュレメディーを知ったのがきっかけです。

—ブッシュレメディーって?

原住民であるアボリジニが受け継ぐ文化で、木や花を使って怪我や病気を癒す自然療法のことです。帰国後は外資系企業に再就職。留学費用を貯めて、26歳のとき再びオーストラリアへ渡りました。

—どれくらい貯めたんですか?

たしか350万円くらいです。その頃、為替レートがすごく良かったの。だから今では考えられないくらいお得に留学できて、なんとかなりました(笑)。

留学当時のナミさん(26歳)

—大学へ入ったんですか?

バイロンベイというヒッピーの聖地があって、その近くの大学で自然療法を学べることを知りました。しかし当時(約20年前)は留学生をとるシステムがなく…。専門学校を出ればその学校に編入できると聞いて、まずは3年間ゴールドコーストのカレッジへ。そのあと2年間大学へ通ったので、トータルで5年間勉強したかな。

—1つの分野で5年も勉強することあるんですね。

ありますよー!今だって大学で学びたいなって思いますもん。卒業間近の31歳のとき、ヘルスフードショップで仕事がみつかって。そこでクリニックでナチュロパス(自然療法士)として働き始めました。

履歴書100通、返事は2通。31歳で現地就職。

—主にどんな業務内容だったんですか?

日本でいうところの薬剤師のような仕事かな。患者さんが来てアドバイスをするんです。たとえば「風邪をひいて、こんな症状ですけど、何を摂ったらいいですか?」と相談されて「エキナセアとビタミンCがいいですよ」みたいな感じ。サプリやハーブ、液状のチンキを症状によって混ぜ合わせたりもします。あとは栄養療法を考えて食事のアドバイスもしますよ。

ナチュロパス勤務時のナミさん(33歳)

—日本と海外、両方で働かれた経験がありますが、どんなところが一番大きく違いますか?

日本ってお客様が神様じゃないですか。オーストラリアってお客様でも失礼な人がいたら、帰ってくださいって言っていいんですよ。

—え!さすが欧米。対等な関係なんですね。

特に私が働き始めた頃は、ゴールドコーストで働いているアジア人なんて居ないわけ。だから人種差別もまだあって、結構失礼なことも言われたりしました。例えば、お客さんに対応しようとすると「他の人いないの?だってあなた英語、喋れないでしょ」と言われたり。

—英語で話しているのに?

そうそうそう(笑)でもその時ボスに言われたのが「Don't let people walk over you.」。要するに「人に踏みにじられないようにしろ」ってことですね。「失礼な人がいたら『他の店で買ってくれて構いません』と言っていいから」とも言ってくれました。

—上司は偏見のない人だったんですね。

いや、最初はありましたよ。トライアル期間も私だけすごく長かったし(笑)。でも1年2年経つと、私を無視していたお客さんも話しかけてくるようになって、最終的には私が担当しました。断られても、拒否されても、メゲないことだよね。就職活動のときだって100通くらい履歴書だして、返事きたの2通だったし。

—えー!!メンタル強いですね。

だいぶ強くなったよね。強くなっちゃったっていうか(笑)、鍛えられました。

36歳で帰国。のはずが1年でトンボ帰り(涙)

—どれくらいの期間そこで働いたんですか?

約5年間です。2010年にオーストラリア人の旦那が日本に住みたいと言ったのをきっかけに、家族で東京へ引っ越しました。

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