猛暑、台風etc…なんか変!?今知っておきたい“地球の目線”

LIFESTYLE 2018.10.3

猛暑、台風。暑くなったり、急に寒くなったり、かつてないスケールの異常気象や自然災害に「最近、何かおかしくない?」そんな思いを抱えている人はきっと多いはず。そこで、『触れる地球』を始め、ユニークな活動で地球の環境問題に取り組む京都造形大学教授の竹村真一先生に、今、地球のために私たちができることを聞いてきました。

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最近の異常気象。何かおかしくないですか?

2018年年7月、熊谷(埼玉県)で史上最高の41.1℃を観測しました。台風も次から次へと発生し、最近の日本は自然災害が後を絶ちません。ところがこの異常気象は日本に限らず、14年ぶりに40℃を超えて40.3℃を観測した台湾、52℃を観測したアメリカのデスバレー、アフリカの史上最高気温51.3℃を観測したアルジェリアのウアルグラなど、世界中で起きていることなのです。

竹村真一先生企画・制作の『触れる地球』

自分の手で回して地球の裏側を確認したり、リアルタイムの雲の様子、地球の温暖化、台風・津波の発生過程、渡り鳥の移動など、地球のダイナミズムを体感できる、竹村先生発案の21世紀型デジタル地球儀。詳細はこちら

そこで、『触れる地球』を始め、政府の『復興構想会議』の検討部会委員や国連UNISDRの『国連防災白書』の監修をつとめるなど、ユニークな活動で地球環境問題に取り組む京都造形芸術大学教授の竹村真一先生にストレートに疑問をぶつけてきました。今私たちが気をつけること、私たちにできることは、一体何なのでしょうか。

これからは“地球の目線”で暮らすことが大切

「たしかに今年は暑かったし、台風も多発していたし、『どうなっているんだろう』という意識を多くの人が持っているかもしれませんが、例えば台風でいうと、災害をもたらすイメージが強い一方で、実は海を冷やすという大切な役割も担っているんです」(竹村先生)

竹村先生の著書『地球の目線』には、遠くの世界のことに感じる話が、実は自分たちの暮らしに直結してくる、つまり「木でなく森を見ること」、タイトル通り“地球の目線”で見ることが大切、といったことが書かれています。

「“地球の目線”で見ていくと、台風は普通の大きさでも関東地方全体がすっぽり入ってしまうくらい、大きいものになると西日本全体がすっぽり入ってしまうくらいになります。つまり“地球大のミキサー”なのです。それが海を何百mも深いところからかき混ぜて、冷たい海水を湧き上がらせることで、どんどん海を冷やしています」(竹村先生)
 

『触れる地球』で見た海水面の温度

そうして台風が通った後の海は、冷やされるだけでなく“豊か”になるのだそう。
「生物は死ぬと沈降していくので、有機物やミネラルは、海の深層部に溜まっています。通常、海の表面に生きている生物はそれが利用できないのですが、台風が海をかき混ぜてくれると、沈んでいた有機物やミネラルが湧き上がってきます。つまり台風が通った後は、海が豊かになるのです。だから私はよく『台風が海をよみがえらせる』という言い方をしています」(竹村先生)

台風、火山etc.“災い”と“恵み”は表裏一体

 災害と恵みが表裏一体なのは、台風だけではない、と竹村先生は言います。
「例えば、最近“東京野菜”が人気で、一流シェフたちに『東京は良い野菜がとれる』と言われることも増えてきました。東京は“関東ローム層”といって、火山灰が何万年も降り注いで溜まった“良い土”なんです。だから、日本は台風や火山など、我々がネガティブに考えがちなもののおかげで、実は豊かになっている部分があります」(竹村先生)

出典: gettyimages

 そもそも日本列島は、火山の噴火や地震が起こらない場所はなくて、世界でも稀に見る造山帯なんだそう。
「日本列島は4つのプレートの境界線上にあり、ものすごい造山帯で、いつも山が造られ続けています。だから例えば、槍ヶ岳や大篦柄岳など、年間数cm高くなっているんです。そんなところでは普通、平野は存在しないのですが、関東平野や濃尾平野、大阪の河内平野など、平野がたくさんあるのは、火山と洪水のおかげなのです」(竹村先生)
 
まずは火山灰が降り注いでミネラル豊かな土となり、それを台風がもたらした大洪水が流して下流にどんどん沈殿させて、平野ができるのだそう。
「この平野を放っておくのはもったいないと考えたのが、徳川家康です。家康は、ただ単に京都から東京に都を移しただけではありません。戦国時代末期、増えていく人口が十分に食べられるほどの土地と食糧が、京都、大阪の西日本中心体制では限界でした。一方、関東に目を向けると、未開の沃野、関東平野がある。そこで思い切って江戸に遷都し、利根川を治水して新田開発をしたところ、わずか100年で米の生産高が2倍になり、戦争のない平和な社会が訪れました。“相手の領地を奪わないと自分たちが食べていけない”だと、戦国時代は永遠に終わりません。日本列島は災いのおかげでこれだけの恵みがある、そしてそれをしっかり生かそうという、ある意味では家康による“地球目線”の国土開発だったと言えます」(竹村先生)

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HOLICS編集部

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