夭折の天才画家「エゴン・シーレ」が今話題。チェコ・アートの旅

LIFESTYLE おとなスタイル編集部 2017.8.13

画家・エゴン・シーレは、有名なのに日本では所蔵美術館がほとんどなく、作品を目にする機会がなかなかありません。キュレーター・林綾野さんがシーレゆかりの国チェコを訪ね、その魅力に迫りました。

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28歳で早世。夭折の天才画家エゴン・シーレ

ひと目見たら忘れない個性的な作品

19世紀~20世紀のウィーンで活躍した画家として、クリムトと並び世界中で愛されるエゴン・シーレ。1890年に生まれ、1918年に28歳の若さで病死してしまった夭折の天才画家です。

ハンサムでお洒落なことでも有名

ウィーン近郊の町、トゥルンで生まれたシーレは、幼い頃から絵が上手く、16歳のときにウィーン美術アカデミーに入学。18歳になると早くも展覧会に作品を出品し、彼の絵をコレクションし始めるコレクターも現れ、若き画家として活躍します。絵を描くことを愛し、ファッションへの興味も深かったシーレ。残されたポートレートはどれもスマートです。

画家・クリムトのモデルがシーレの恋人に

恋人ヴァリーとチェスキー・クロムルフに暮したシーレ

ウィーンで名を馳せた画家、グスタフ・クリムトはシーレより28歳年上。ウィーン分離派を代表するクリムトをシーレは尊敬し、彼の絵から大きな影響を受けました。そして1911年、シーレはそのクリムトから人物画のモデル、ヴァリーを紹介されます。シーレはヴァリーをモデルにたくさんの絵を描き、2人はすぐにつき合い始めます。そして賑やかなウィーンを離れ、シーレの母の生まれ故郷、チェコの中でもオーストリア国境に近い町「チェスキー・クロムロフ」に移り暮し、同棲生活をスタート。自然に囲まれた静かな環境で、シーレは心新たに精力的に絵を描くのでした。

町を流れる川、密集する家、そこにはためく洗濯物など、なにげない風景をシーレは独特の色彩感覚と構図を用いながら魅力的に描き出しています。

チェスキー・クロムロフの街を描いた絵画は約32億円で落札

2011年、ロンドンで行われたオークションで、1914年に彼がチェスキー・クロムロフを描いた絵のひとつ「カラフルな洗濯物がある家々、郊外Ⅱ」は、24.7百万ポンド(約32億円)で落札され話題にもなりました。人物画でよく知られるシーレですが、風景画も近年ますます人気が高まっています。

映画のようなドラマティックな私生活もシーレの魅力

その後のシーレの人生はちょっと壮絶です。裸婦をはじめ、赤裸々な人物像を数多く描いた彼は、22歳のときに「猥褻な絵の流布」を理由に、勾留・禁固刑を受けることに。まったく新しい表現を模索し実践するシーレに世の中は冷たかったようです。しかし彼の芸術を支持し支援する人もあり、釈放後もシーレは旺盛に制作を続けます。

恋人ヴァリーとは4年間に渡り交際を続けます。しかし、1914年、ウィーンのアトリエの近くに暮すハルムス姉妹と出会ったシーレは、彼女たちをモデルに絵を描くようになり、すぐに姉妹の妹・エディットとつき合い始めるのでした。突然、シーレから別れを告げられることになるヴァリー。取り乱した彼女は別れないと言い張りますが、結局は身を引くことになります。絶望したヴァリーはその後、従軍看護婦になり、1917年に猩紅熱にかかり、23歳の若さで亡くなってしまうのでした。

1915年、シーレはエディットと結婚し、その直後に第一世界大戦下のオーストリア軍に入隊させられます。前線に出ることはありませんでしたが、これまでのように絵を描くことは出来なくなりました。それでも戦争が終わると、シーレは再び精力的に絵を描き、画家として活躍。1918年の春、ウィーン分離展のメイン・ルームを任されたりと、将来有望な画家として注目を集めます。しかしヨーロッパ中で多くの犠牲者を出したスペイン風邪に倒れ、同年の10月、28歳の若さで亡くなるのでした。

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